ダブルケアと仕事の両立を推し進めるために
コラム
ダブルケアと仕事の両立を推し進めるために
寺田 由紀子(帝京大学医療技術学部看護学科 助教)
令和二年度取材
日本において少子高齢化社会が著しいスピードで進行しています。将来の労働力となる子どもの出生数は減少の一途を辿り、女性の初産年齢も30歳を超え、この30年間で4歳も上昇しているとともに、高齢出産と呼ばれる35歳以上の出産数は増加しています。女性の出産年齢の高齢化は、自身の親世代が高齢者の世代に差し掛かり、育児と介護の両立が求められる可能性が高いことを表しています。晩婚化と出産年齢の高齢化によって、親の介護と乳幼児の子育てに直面する「ダブルケア」を行う人が増えています。
ダブルケアとは
「ダブルケア」という言葉を、皆さんは聞いたことがありますか?
ダブルケアとは、横浜国立大学の相馬直子先生と英国ブリストル大学の山下順子先生が提唱された言葉です。ダブルケアの定義として、狭義と広義があります。狭義のダブルケアは、「育児」と「介護」の同時進行(育児と介護という2つの「ケア」を同時に行っている)を表しています。広義のダブルケアは、家族や親族等、親密な関係のなかでの複数のケア関係を表し、例えば、夫や自分のケア(具体的には、がんや糖尿病、うつなどの病気の場合もあります)と育児、障がいをもつきょうだいや子どものケアと親の介護など様々なケースがあり、ダブルケアのみならず、トリプルケア、多重ケアを抱えていることもあります。ケアを担う人のことを「ケアラー」と呼び、ダブルケアを行う方は、「ダブルケアラー」と呼ばれています。
もしかすると、この文章を読んで「私、ダブルケアラーかも・・・?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。広義で捉えると、ダブルケアの幅がとても広くなりますので、ここでは狭義のダブルケアで考えてみたいと思います。
育児や介護をどう捉えるか
まず、育児や介護をどのように考えたらよいでしょうか。
平成28年4月の内閣府男女共同参画局のダブルケアに関する調査1)内の、就業構造基本調査における「育児」、「介護」の定義を参考にみてみましょう。「ふだん家族の介護をしていますか」については、介護保険で要介護認定を受けていない人や、自宅外にいる家族の介護も含めて年に30日以上と定義されています。つまり、必ずしも同居して介護しているとは限りませんし、介護認定を受けているとも限らないのです。そのため、このコラムを読んで、「私も介護しているといえるかも」と思う方もいらっしゃるでしょう。例えば、ダブルケアラーの中には、遠方に住んでいる親の支援にかなりの時間を割いている方も多くいるのです。具体的には、老老介護している親から電話が週に何度も掛かってきて、対応にかなり時間を使っている方もいます。実際に親元に足を運ぶのは週に1回だとしても、目に見えない介護に時間を使わざるを得ないこともあるのです。
就業構造基本調査における「ふだん育児をしていますか」については、育児の対象を未就学児(小学校入学前の幼児)としています。確かに、未就学児の育児は、食事や身の回りの世話といった、かなり手の掛かる育児行動が多いです。子どもが小さいときに介護が重なると、家庭内のケア負担がとりわけ女性に大きくのしかかります。育児や介護そのものの大変さだけではなく、周囲からの「ケアは女性が担うものである」というプレッシャーから退職を余儀なくされる方も多くいます。しかし、ダブルケアを行う有業者の就業継続意向1)は、男性は79.3% 、女性は75%と、ともに7割以上です。手が掛かると思っていても、子どもはいつか成長します。私は、育児を大学生までの範囲で考えることをお勧めしますが、高校・大学と進学するにつれ、お金が掛かります。そのためダブルケアラーの就労を止めない選択肢を推進することが重要であると思います。
ダブルケアラーの現実と課題
ダブルケアラーは、果たしてどのくらいいるのでしょうか。
前述の内閣府男女共同参画局1)の調査によると、ダブルケア人口はおよそ25万人と言われ、女性が約17万人、男性が約8万人です。ダブルケアを行う者の平均年齢は男女とも40歳前後で、30~40代が多く、男女ともに全体の約8割を占めます。30~40代は、いわゆる「働き盛り」の世代であり、社会的役割も大きいです。しかし、ダブルケアを行う女性の48.6%が無業であり、そのうちの約6割が就業を希望しています。その反面、男性の無業者は2%しかおらず、ダブルケアを行う男女の就業状況には大きな開きがあるのです。さらにダブルケアを行う男性は、配偶者から「ほぼ毎日」手助けを得ている者が半数以上となっているのに対し、女性では4人に1人にとどまっており、家庭内におけるいわゆるケア労働(介護や育児)におけるジェンダー格差が顕在化しており、とりわけ女性が就労しながらダブルケアを行うには厳しい現実があることがわかります。ここは前述の「周囲からの『ケアは女性が担うものである』というプレッシャー」に繋がる話ですので、次の項で詳しく述べたいと思います。
ケア役割の男女差と課題
皆さんは、育児や介護を行う人として、頭にどのような方を思い浮かべるでしょうか。おそらく「女性」のイメージが強いと思います。CMなどでも、家事や育児を行っているのは「女性」が多くみられていました。ここ最近は、男性が掃除をしたり、料理を振る舞ったり、子どもを連れて出掛けるような場面を取り上げることが多くなってきました。ここで、ジェンダーという言葉を紹介したいと思います。ジェンダーとは、社会的・文化的につくられる性別のことを指します。CMなどは一例ですが、日常的にあらゆる場面で、家事や育児、介護を行うのは女性であるという無意識の刷り込みが行われていることになります。 これまでの日本は、男性は外で働き、稼いで家族を養う役割、女性が家事や育児、介護を担って家庭を守るという役割が主流でした。つまり、男性が有償労働の担い手であり、女性が無償労働の担い手となっていました。これは、日本の福祉制度が、男性が稼ぎ主型の家族主義を念頭において設計されていたからです3)。
ジェンダーギャップ指数という言葉を聞いたことはありますか?ジェンダーギャップとは、男女格差のことを指しますが、日本は153か国中121位であり先進国最下位レベルです4)。特に政治と経済の世界における男女格差が大きいのが日本の特徴です。この格差は、賃金格差や雇用格差にも繋がっています。ダブルケアラーの場合も、女性にケアの負担がのしかかる一方、相対的に賃金の高い男性の就労が家庭内でも優先され、女性が就業を継続するのが難しい状況であることも推測がつくかと思います。
男性介護者の増加とケアラーの孤立化
一方で、介護する男性が増えているのは、ご存知でしょうか。これまでは、ケア役割を担うのは、妻や姉妹などの女性であることが多く、男性は介護の役割を担うケースが少なかったと思います。しかし、少子化できょうだいがおらず、必然的に介護を担う男性が多くなっています。介護を担う上で、家事などの生活スキルが乏しいことや、女性よりも他者へ助けを求めることを苦手とするなどが、障害になっていることもあります。このことは、「ケアラーの孤立化」として問題になる部分でもあります。また、男性も介護のために退職を余儀なくされるケースもあり、孤立化に一層拍車を掛けてしまうことにもつながります。
育児や介護などのケアは、家庭の中で行うものという認識が強いものです。その理由として、家庭を守る人(たいていは女性)が、家族に介護、育児を提供するのは「当たり前」で、何らかの事情(経済的困難など)によって、家族がそれをできないと判断された場合だけ、行政が「代わりに」サービスを提供するという考え方が基本にあります3)。つまり、日本の社会福祉制度は、育児や介護は家族が行うことを大前提としているのです。そのため、支援を求めることができず、家族が孤立してしまうケースも多くみられます。家族のことは家族内で解決しなければならないと考えてしまっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。就労継続は、ケアラーが社会とのつながりを持つ重要な機会でもあり、育児や介護にはお金も掛かりますので、生きていくためにも必要なのです。
そこで目指すのは、男女ともに就労を継続しながらも育児や介護といったケアを行うシステムです。
就労を継続する上で必要な意識改革とは
日本の就労をめぐる状況は、他国と比較しても課題が多くみられます。日本の労働時間は、世界的に見ても多く、労働生産性の低さも指摘されています。プライベートの時間が大事なのは、育児や介護をしている人だけではありません。全ての労働者にプライベートの時間が必要なのです。私は、「ダブルケアラーが生きやすい社会は、全ての人にとって生きやすい社会である」と考えています。そのため、誰もがプライベートの時間を確保できるような働き方を進めていくことが重要ではないかと思います。男女問わず、あらゆる世代にとって必要な考えだと思いますが、ケア役割を担う男性への配慮を中心にお伝えします。
具体的には、育児や介護を担おうとする既婚の男性社員に向けて、「奥さんいるんだから、奥さんにやってもらえば?」という声掛けはNGです。「それは女性の役割だ」という含みを持たせた発言は、その役割を担う男性を追い詰めることにもつながります。育児や介護といったケアを担おうとする男性は、「男なんだから稼がなきゃ」「家族を養わなきゃ」「弱音を吐いてはいけない」という従来からの男性役割との間で葛藤を抱いていることもあります。育児や介護と仕事の板挟みとなり、悩み、苦しんでしまうのです。
育児や介護といった「ケア」は、人が生きていくために必要なスキルと捉えることが肝要であると考えます。そのため「男女問わずケアを行うのは当たり前」という認識を持つことが早道ではないでしょうか。1993年に中学校で男子生徒の家庭科が必修となり、30年近く経ちます。今の若い世代は、男女関係なく家庭責任を担うことが当たり前になりつつあります。男性が育児休業制度を利用したいと希望しても、職場の環境から無言の圧力を感じてしまい、取得できない男性も多くいるようです。
今、育児や介護をとりまく支援が大きく変わろうとしています。男性の育休取得を法改正で促そうとしたり、厚生労働省が子育てと介護などの複合支援として「断らない相談」を進めようとしています。ダブルケアの理解が広がり、ダブルケアのために離職する方々がいなくなる社会になることを願っております。
引用・参考資料
1)内閣府 男女平等参画局 育児と介護のダブルケアの実態に関する調査報告書(平成28年4月)
https://www.gender.go.jp/research/kenkyu/wcare_research.html
2)ダブルケアに関する調査2018 第8弾ダブルケア実態調査(ソニー生命連携調査)
https://www.sonylife.co.jp/company/news/30/nr_180718.html
https://www.sonylife.co.jp/company/news/30/files/180718_newsletter.pdf
3)ひとりでやらない育児・介護のダブルケア 相馬直子・山下順子 ポプラ新書 2020年
4)The Global Gender Gap Index 2020 rankings Global Gender Gap Report 2020より
https://www.weforum.org/reports/gender-gap-2020-report-100-years-pay-equality
http://www3.weforum.org/docs/WEF_GGGR_2020.pdf