ページの先頭

ページ内移動用のリンク

ヘッダーメニューへ移動

グローバルナビゲーションへ移動

本文へ移動

フッターメニューへ移動

育業中のスキルアップを実施していく上で、私たちがすべきこととは

コラム

育業中のスキルアップを実施していく上で、私たちがすべきこととは

東京都市大学人間科学部
泉 秀生

2023年1月に実施された岸田首相の所信表明演説において、「育児中など、様々な状況にあっても主体的に学び直しに取り組む方々をしっかりと後押ししていく」と述べられました。「育休中にリスキリングをしてください」と述べられたことで、育業中のスキルアップは注目され、議論されましたが、少し目を離した隙に命を落とす可能性の高い乳幼児の子育て中において、子育て以外のことに時間と労力をかけるということが、なかなか理解し難いと感じる方もいるのかもしれません。そもそも、これまでの日本社会において、家事や育児を女性に任せてきた背景がある中で、仕事と生活のバランスすらも整っていないのが正直なところであり、育児と合わせて“学び直しを”と言われることに違和感を覚える方が少なくないのではないかと考えられます。

少子化が著しい日本社会において、子育て世帯の仕事と生活(家事・育児・夫婦関係など)の整備の徹底が急務となっています。厚生労働省が報告した、「令和4年人口動態統計(確定数)の概況」によると、合計特殊出生率(15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの)は1.26で過去最低となっています。大まかにいえば、2人の夫婦から2人の子どもが産まれることで人口は保たれますが、現状は2人にまったく届かない状況であり、日本は年々、人口が減っています。婚姻率の低下や、結婚しても子どもをもたない家庭があるように、価値観の多様性によって結婚しないけどパートナーと一緒に暮らすカップルや、結婚はしていても子どもを望まない夫婦もいます。また、子育て世帯においては、夫婦共働き世帯が増加し、父親においても母親においても、仕事と家事・育児のバランスに悩み、日々、試行錯誤しながらなんとか生活を続けている家庭も多いのが現状です。父親は、朝早くから夜遅くまで仕事をして、家事・育児は母親が一手に引き受けると言った、いわゆる専業主婦世帯は減少し、共働き世帯がとくに子育て世代に多くなっています。このような家族形態の変化が顕著となっている現代社会において、勤務先である企業の風土やワーク・ライフ・バランスに対する考え方については残念ながら変化が乏しく、とくに、専業主婦世帯で生きてきた世代の方々が上司の層に多くおり、仕事と家事・育児の両方を担う30代~50代の部下の暮らしについては、理解しようにも十分に理解できないところがあることが予想されます。

令和3年6月に育児・介護休業法が改正され、令和4年4月より施行されています。厚生労働省から報告された『就業規則への記載はもうお済みですか ‐育児・介護休業等に関する規則の規定例‐』で述べられているように、就業規則に育児や介護の休業について記載していない企業がまだあります。そのような企業は、一刻も早く就業規則に育児や介護でお休みができることを記載するか、育児・介護による休業を認めない場合はそのための手続き(労使協定)をとる必要があります。人口が減っている現状で、企業の側も、社員が長い期間働けるような制度や就業規則を用意しないと、働きにくい企業と言うレッテルを貼られ、常に人材不足に悩まされる危険性が伴うかもしれません。

育児・介護休業法の改正で示された内容について、見ていきましょう。

  1. 育児休業・産後パパ育休に関する研修の実施
  2. 育児休業・産後パパ育休に関する相談体制の整備(相談窓口設置)
  3. 自社の労働者の育児休業・産後パパ育休取得事例の収集・提供
  4. 自社の労働者へ育児休業・産後パパ育休制度と育児休業取得促進に関する方針の周知

上記した内容は、事業主が実施すべき内容となっており、1つ以上整備することが望ましいとされています。つまり、労働者が労働しやすく、かつ、育児休暇を積極的に取りやすい環境を整えることが求められています。あわせて、本人または配偶者の妊娠・出産等を申し出た労働者に対して、事業主は育児休業制度等に関する事項の周知と休業の取得意向の確認を、個別に行う必要があります。

これまでの日本社会に根づいてきた、長時間働くことを良しとし、休むことに寛容ではない風土があるため、ただでさえプライベートのことで休暇をとることに引け目を感じている、現役の子育て世代の労働者がいます。その方々に対して、企業側から休んでいいことを説明し、そのための制度や権利のあることを周知することはとても意義があります。本制度が改正され、始まったばかりですが、「仕事はもちろん、家庭や育児・介護なども応援する」といった、労働者を積極的にサポートする姿勢がみられる企業もあり、そのようなサポートを受けた労働者は、勤務先への感謝の気持ちがわいてきて、復帰後はより一層の努力をすることにつながるでしょう。

このような中、東京都では、育休を取得しやすい社会の雰囲気づくりのために、育休の「休む」というイメージを一新し、「育業」という愛称を用いて普及活動を行っています。男女ともに育児と仕事の両立ができる職場環境の整備を進めるため、都内企業の経営者・管理職および従業員などに向けて、普及啓発事業を実施しています。このような取り組みを東京都が旗振り役を務め、各企業で実践されている良い取り組みを集めて、共有することはとても有意義なことだと思います。各企業、各自治体で良い意味で競い合うことで、より良い制度・文化が醸成され、その結果、子育て世帯が引け目を感じずに、仕事と生活・育児に取り組みやすくなることが期待されます。

育業を取得した際に、スキルアップを考えている労働者もいることが予想されます。実際に、岸田首相の言葉の中にも、学び直しについて述べられています。ただ、子育てを1人で、いわゆるワンオペをしてみるとよくわかるのですが、育児をしながらスキルアップをすることは並大抵のことではなく、育児はそんな甘いものではありません。人間の命を育むというのは片手間でやるべきものでもないですし、万が一のことがあれば大変です。さらに、当たり前のことですが、育児はたった1年やそこらで終わるものではありません。生後1年は、とくに初産の場合は初めてのことばかりなので、夫婦であれこれと話し合いながら模索しつつ、育児に関する書籍やインターネット、親族の情報などに頼りながらも、家庭を形成していく期間です。この期間が土台となって、子どもの成長に伴って生じる様々な壁に対応しつつ、また、新たなきょうだいが産まれたときにも、対応していくことができます。つまり、まずは育児に専念し、また、父親・母親となったパートナーとの関係を再構築していく時間にしていくことが、育業中は第一優先かと思います。ただ、例えば、お子さまが手のかからない子どもであること、パートナーの心身の健康面に問題がなく、実親や義両親などのサポートが手厚い等の条件が揃った際には、リスキリング(学び直し)やスキルアップ等を検討するのも良いかもしれません(もちろん、育児が第一優先であり、パートナーの了解も得たうえでの話ですが)。

さて、育業中のスキルアップについては、まずは、企業内で、従業員のスキルアップ支援制度についての検討を行うことが求められます。一言で“企業”と言っても、労働状況や環境などは大きく異なりますので、その企業に合ったスキルアップ支援制度を、子育て世代を中心にして検討して準備していくことが求められます。支援制度を設けるとともに、その企業が実施するキャリア形成を目的としたスキルアップ講座の整備も必要です。育業を取得し、スキルアップをした場合は、復帰後に企業に対して、お礼の気持ちとともに身につけたスキルを駆使して活躍するというモデルケースがあると良いでしょう。そうすることで、その後、育業の制度が円滑に進むとともに、子育てにも仕事にも前向きに取り組める労働者が増えることにつながります。

さて、育業を取得する方にもすべきことはあります。まず、勤務先で用意されているスキルアップに関する研修会を事前に受講しておき、情報収集をすることが大切です。育業期間は有限ですので、その限られた期間を有効活用すべく、事前準備は入念にしておくことが求められます。育業を既に取得された先輩からの意見を聞くことも重要でしょう。育業制度や、改正された育児・介護休業法について、まだまだ試行錯誤しているさなかの企業も多く、労働者側も提供する側もわからないことや、考えついていないこと等も少なからずあるでしょう。過渡期を迎えた今だからこそ、制度を活用する側から疑問に思ったことは積極的に伝えて、より充実した制度にしていくことが求められます。もちろん、企業側も、そのような発言を促し、言いやすい環境を整え、いただいた意見を取り入れていく姿勢を見せることが重要です。

その他にも、スキルアップに関する講座等を用意して、労働者や社会に宣伝していくことが企業に求められます。さらには、その受講費用を助成する制度も設けられているので、労働者は自身の権利として、活用した方がお得です。スキルアップに関する講座等の受講時に利用するベビーシッター制度もありますので、子どもと離れるのがストレスや不安になりすぎない方にとっては、この制度も良いでしょう。なお、子どもの面倒をみるのは母親や父親、親族以外の力を借りるのは問題ありません。もちろん、人見知りの激しい子どもや、過度に不安感をもつ子どももいますので、そのような場合は避けた方が良いですが、ベビーシッターや一時保育などの社会資源を利用して、子どもの方にも多くの体験をさせてあげた方が、良い刺激となります。“自分がなんでもしてあげなくちゃ!”と思うことは、責任感と言う面では素晴らしいと思いますが、過保護、過干渉につながる危険性もありますし、何より、親がヘトヘトに疲れてしまって余裕がなくなることは、めぐりめぐって児童虐待や産後うつ等につながる恐れもありますので、注意が必要です。

以上、近年の日本における子育て世帯を取り巻く環境の変化や、歯止めのかからない少子化、さらに、夫婦共働き世帯が困っている様子などとともに、育児・介護休業法の改正について述べてきました。最後に、日本社会や企業、自治体などにこれから求めることについて述べていきたいと思います。

現在、国を挙げて取り組んでいる、仕事と育児の両立支援は決して悪いことではありません。一方で、急激な家族形態の変化が生じたために、制度は整っていたとしても、働く労働者の考え方には隔たりが生じていることが心配されます。具体的には、まだまだ“男性が稼ぎ女性は家庭を守る”といった考え方や、“男性社員は残業ができ、女性社員は休むもの”といった男女差別ともとられかねない企業内の雰囲気が上司や同僚の中にも残っているかもしれません。その他にも、“育休(育業)を取得したら、帰ってくる椅子はない”、“育休(育業)の期間を終えたら、これまでと同じ働き方を期待する”といった、無意識のうちに、当事者を苦しめていることが報告されています。制度の充実とともに、企業は、労働者はもちろんのこと、労働者の家族のことについても真剣に考え、何かあれば“大丈夫?”、“早く帰りな!”、“しっかり休んでね!”等を言い合える企業こそが、今後、求められるでしょう。もちろん、家族や子どものいない同僚へのサポートも必要です。フォローばかりしている方々は、息苦しくなる可能性もあるので、疲労が蓄積しがちです。気軽にリフレッシュ休暇が得られたり、手当をもらったりできる制度もあることが大切です。

ここからフッターメニューです