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不妊治療と仕事の両立支援の重要性

コラム

不妊治療と仕事の両立支援の重要性

NPO法人Fine 理事長 松本 亜樹子
令和元年度取材

「不妊」は今や身近な課題。原因の半数は男性にも

 皆さんの周りに「不妊治療」を受けている方はいらっしゃるでしょうか。
近年では「妊活」という言葉のおかげで「今、妊活しています」という方も、以前に比べて増えてきていることを感じます。しかし「不妊治療を受けている」ことを公言している人は、まだまだ少ないとも感じています。実際には、日本で何らかの不妊治療を受けている数は5.5組に1組存在しますし、「不妊かも」と心配した数は3組に1組に上ります(*1)。さらに、子どものいないカップルの28%、つまり3.5組に1組は不妊治療を受けるなど(*1)、不妊は今や特別な人の課題ではなく、非常に身近なものとなっているのです。また不妊というと「女性の問題」とされがちですが、実はそうではありません。不妊の原因の中には、男性の精子が少ない(いない)、運動率が悪いなどの「男性不妊」も少なくなく、男性に原因がある場合もあり、不妊は今や男女を問わず深刻な問題なのです。

そもそも不妊とは

 では、そもそも不妊とはどのようなものなのでしょうか。日本産科婦人科学会によると「不妊とは、妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、1年間妊娠しないもの (日本産科婦人科学会HPより)」と定義されています。妊娠しない期間は以前は「2年」だったのですが、晩婚化・晩産化により不妊に悩む人が増えてきたため、望む人は早めの治療に進めるようにとのことで、2015年に「1年」に変更されました。また米国の生殖医学会によると「女性の年齢が35歳以上の場合には6ヶ月の不妊期間が経過したあとは検査を開始することは認められる」とされており、いずれにしても国内外ともに、子どもを望んで一定期間妊娠しない場合は、できるだけ早めの検査や治療を受けるほうがよいとされています。

不妊治療はどんなことをするの?

 不妊症の場合どのような流れで治療が進むのか、大まかに説明します。男女ともに一通りの検査を受けたのち、特に問題がなければ、排卵日を特定してその前後に夫婦生活を持ち、自然妊娠を待つ「タイミング法」を行います。それで妊娠しない場合は、次のステップである「人工授精」に進みます。これはマスターベーションなどで精液を採取し、運動率のよい精子を取り出して子宮腔内に注入するものです。この段階から保険が効かず、自費診療となります。この方法でも妊娠が難しい場合は、次のステップである生殖補助医療(ART=Assisted Reproductive Technology)と呼ばれる「体外受精」「顕微授精」に進みます。体外受精とは精子だけでなく、卵子も外に出す治療です。卵巣から手術で卵子を取り出し、その卵子に精子をふりかけ、受精して分割したら、数日後にその受精卵を子宮内に戻す方法です。顕微授精とは、体外受精のオプションのようなもので、振りかけただけでは受精できない場合に、1つの卵子に1匹の精子を注入し、確実に受精までさせる方法です。通常の不妊治療の場合は、このタイミング法、人工授精、体外受精・顕微授精を、順にステップアップして行われます。

日本では赤ちゃんの16.7人に1人が体外受精で産まれている

 このように不妊治療の内容がわかると、生殖補助医療はやはり高度な治療で、特別なことであると思われるかもしれません。しかし、この治療ができる病院やクリニックなどの施設は年々増えており、それに伴い、不妊治療によって産まれる子どもも増えています。日本では近年少子化が重要課題とされ、ついに2019年では出生児が86万人になるともいわれていますが(*2)、それに反して、体外受精等により誕生した赤ちゃんは年々増え続け、2017年は年間56,617人(*3)を数えました。これはこの年の出生児全体の6%にもあたります。つまり出生児の約16.7人に1人は生殖補助医療で生まれたということです。この比率はグラフの通り年々高くなっており、さらに、これは前述の「人工授精」や「タイミング法」を含まない数字です。もしもそれらを含めたら、不妊治療で生まれた子どもの割合がさらに高くなることは想像に難くありません。

チャート

2割が突然の「不妊退職」

 これだけ身近でありながら、不妊治療はどうしても特別視されがちなため「周囲に話したことがない」という声をよく聞きます。特に職場においては同僚や上司などに知られることを嫌がり、誰にも言わずに治療を受ける人が大半です。話していないために生じてしまうのが「周囲の理解、協力を得られない」「当事者の孤立化」であり、ひいてはこれが突然の不妊退職に結びついてしまうケースが後を絶ちません。『不妊白書2018』(*4)では、働きながら不妊治療をしたことのある人の約96%が「両立は難しい」と答え、実際、そのうちの40%が「不妊治療のために働き方を変え」、さらにそのうち50%が「退職をした」という結果が出ました。つまり、仕事をしながら不妊治療をしている女性のうち、5人に1人が退職したということです。このアンケートの回答者は5526名で、最も多かった年齢は35歳~39歳で33%、次いで30歳~34歳が29%と、30代が6割以上を占めています。その次に多いが40歳~44歳で23%です。仕事のやり方もわかり、成績や結果にもつながる、また部下を持ちプロジェクトリーダーを担うなど、仕事にやりがいを持つ年代です。まさに働き盛りの女性が、不妊治療のために二者択一を迫られ、仕事をあきらめざるを得ない現状がここに浮き彫りになっています。さらに、当事者は退職に際して本当の理由を言わないことが多いため、これらの「不妊退職」を企業側は把握できていないことが考えられます。これも非常に重要な課題ではないでしょうか。

不妊治療はなぜ仕事と両立しがたいか

 なぜ不妊治療が仕事と両立し難いか、その理由は治療の特殊性にあります。不妊治療は女性の生理周期に合わせて注射や投薬、検査が行われるため、突発的で頻回な通院が必要なのです。前回と同じ方法で治療を行っていたとしても、その時々の体の状態によりホルモン剤の効き目が変わるので通院の予定が立てづらく、治療の周期が始まると、その間の会議やアポイントなどが確約できない状態が続きます。仕事に支障が出ることや、周囲に迷惑をかけることは当事者にとって大きなストレスですし、周囲に事情を話していない場合は不信感にもつながりかねません。しかも、それだけ苦労をして生殖補助治療を行ったとしても、出産できる確率は12%程度にとどまるため(*2)、いつ治療が終わるか(=妊娠・出産できるか)は、まったく予測がつかないのです。「これ以上周囲に迷惑をかけられないから」「今の状況では責任のある仕事を全うできないから」と、周囲への心苦しさから自ら退職を選ぶ女性もいれば、たいへん残念なことに、上司や同僚からのプレ・マタニティハラスメント(*5)を受けて、退職せざるを得なくなる人もいます(*4)

両立のために必要なもの

 では、何があれば不妊治療と仕事の両立がしやすくのでしょうか。『不妊白書2018』によると、不妊治療をしている従業員が職場に求めるサポートで最も多かった声は、「(特に管理職への)不妊治療についての啓発・研修」、ついで「柔軟な有休制度」「休業や再雇用制度」でした。この調査では不妊治療にサポート制度がある企業は、まだわずか6%程度でしたが、ここ数年不妊治療に対する企業の意識も高まってきており、休暇や休業制度を設けるなど、両立しやすくするための環境整備は広がりを見せています。また東京都ではいち早くこの課題に本格的に取り組み、2018年から「チャイルドプランサポート事業」を実施、「不妊治療と仕事の両立」のために制度を設けた企業に対して助成金を出すという取り組みを始めました。すでに多くの企業が応募し、不妊治療に関するサポート制度を創設されています。これは不妊当事者にとって非常にありがたい流れであり、ぜひ国全体の施策として広がることを期待します。ただ、すでに制度があると答えた当事者の中には「不妊治療に関する制度は自社にあるが、使っていない(使えない)」という声が40%もありました。制度とともに、それを使いやすくする「風土」こそが必要なのだということでしょう。ダイバーシティ&インクルージョンの「お互い様」の観点を、ぜひ、妊娠・育児・介護・闘病とともに、不妊治療にも持っていただければと願っています。
 不妊治療と仕事の両立への取り組みは、まだ始まったばかりです。多くの方に当事者の現状を知っていただき、仕事も不妊治療も諦めずにすむ社会環境が確立されることを願っています。

参考資料
(*1)国立社会保障・人口問題研究所「第 15 回出生動向基本調査」(2015年6月)より
(*2)「人口動態統計」(厚生労働省)より
(*3)日本産科婦人科学会『日産婦誌』71巻11号より
(*4)「仕事と不妊治療の両立に関するアンケート Part 2」に基づきNPO法人Fineが発行
(*5) NPO法人Fineが提唱する妊活や不妊治療に対するハラスメント。令和2年6月1日に法制化予定のパワーハラスメント、ならびにセクシュアルハラスメント法に加筆される(予定)

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