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企業に求められる不妊治療と仕事の両立支援

コラム

企業に求められる不妊治療と仕事の両立支援

株式会社東レ経営研究所 ダイバーシティ&ワークライフバランス推進部 コンサルタント 永池 明日香
令和二年度取材

 菅首相の不妊治療への保険適用に関する発言から、不妊治療に係る経済的負担が報道などでも取り上げられるようになり、不妊治療が多くの人の目に留まるようになってきました。保険適用に関する議論は、経済的負担の軽減につながるため、不妊治療をしている人にとって、とても有り難い話です。しかし、それと同じくらい重要な課題として、不妊治療と仕事の両立があります。厚生労働省の調査では、仕事と不妊治療の両立ができずに退職した人は16%(女性は23%)*1という結果が出ています。これは、実に4~5人に1人の女性が退職しているという衝撃的な数字です。

社会的な課題となりつつある、不妊治療の実態

 今や夫婦の5.5組に1組*2が不妊の検査や治療を受けたことがあり、16.1人に1人の子どもが体外受精等の生殖補助医療で生まれています*3。不妊治療は決してマイノリティの課題ではなく、社会的な課題になってきているのです。しかし、周囲に言わずに治療をしている人が多いことから、「自分の周りに不妊治療をしている人はいない」と思っている人は意外と多いです。
 厚生労働省の調査において、「貴社には不妊治療を行っている従業員はいますか?」の質問に対して、7割近くの担当者が「わからない」と回答しています。不妊治療をしている従業員の把握が出来ていない企業が多いことがわかります。また、不妊治療にかかる実態(不妊治療に関する基本知識)を理解していない人は約8割です*1。実際に、私がセミナーを実施した際にも、参加者の方から「初めて知りました」「目からウロコでした」等の声が目立ち、不妊治療について、当事者以外知られていないことが多いことを実感しました。
 不妊治療をしている人が、職場に伝えたくない理由として、「プライベートなことなので知らせたくない」「周囲に気遣いをしてほしくない」等の意見が多いです。また、「そこまでして子どもがほしいの?」「昨日も病院に行ったのにまた明日も行くのか」「まだ若いのだから治療をしなくても良いのでは」等というハラスメント的な発言を受け、職場に伝えたことによって傷ついたという声も聞きます。職場での不妊治療への理解不足や、不妊治療をしていることを伝えられる雰囲気が醸成されていないことが、職場に伝えたくない要因の一つではないでしょうか。

頻繁で突発的な治療が課題

不妊治療と仕事の両立はなぜ難しいのでしょうか。その理由は、不妊治療の突発的で計画が立てづらい治療にあるといえます。治療は月経周期に合わせて行われるという特性上、前もって治療の予定が立てることが難しいです。不妊治療の通院日数の目安は、概ね下記のとおりですが、日数や時間等はあくまでも目安であり、病院の方針、医師の判断、個人の状況や体調などにより増減します。

月経周期ごとの通院日数目安

※診療時間以外に待ち時間も含めると数時間かかる場合もある

厚生労働省「不妊治療と仕事の両立サポートハンドブック」より作成

特に、体外受精や顕微授精等の生殖補助医療の場合は、排卵誘発の注射のために連日通院し(現在は自己注射が可能な病院もある)、採卵まで卵の様子をチェックするための採血や超音波検査があるため、女性は頻繁な通院が必要になります。また、採卵する日が確定するのは、おおよそ2日前です。仕事を調整し備えていたのに、採卵日が変わってしまうということももちろんあります。
 私も不妊治療と仕事の両立をしていましたが、自分の仕事の予定と治療のスケジュールを調整するのは大きなストレスでした。職場にも協力をしてもらい、代替可能な仕事は代わってもらえるようにしましたが、自分にしか出来ない仕事もあります。そういう月は治療を諦めるということもありました。

制度を導入する企業はまだ少ない。どんな制度が求められているのか

 企業は育児や介護に関する制度を整えてきましたが、不妊治療に関して、制度を導入している企業は9%*1。近年、国や東京都の「働く人のチャイルドプランサポート事業」等の後押し等により、徐々に制度を導入している企業が増えていますが、まだこれからという印象です。
 では、不妊治療には、どんな制度が求められているのでしょうか。先進企業の多くは、下記の制度を導入しています。

制度取組内容

 全てを導入しなければならないわけではありません。不妊治療に特化した休暇や休職制度ももちろん有効ですが、私の経験上、休まずにできる治療の際、フレックスタイム制度は、大変有効でした。多目的休暇や積立休暇の取得事由に不妊治療を加えることや、時間単位の有給等から始めてみてもよいでしょう。会社が不妊治療に関する何らかの制度を導入すると、会社が認めてくれるのだと不妊治療をしている人にとっては心強いものです。

制度の導入だけでなく風土醸成が大事

 いずれにしても、制度をつくるだけで、使えなければ意味がなく、制度の周知はもちろん、不妊治療をしていることを職場に伝えられる風土の醸成が不可欠となります。そのために、職場の不妊や不妊治療に対する理解促進、ハラスメント防止に向けた意識啓発がとても大事です。2020年3月、厚生労働省からマニュアルとハンドブックが出ました。是非参考にしてほしいです。

【企業の制度設計や風土醸成の工夫の例】
◆利用しやすいような名称にする
◆他の女性対象の制度を合わせた休暇や闘病や介護に使える制度と合わせることで、使 用用途を伝えなくても利用できる休暇制度とする
◆トップメッセージ、全社メールによる発信、イントラネットやガイドブックによる周知啓発
◆eラーニングや研修による教育
◆相談窓口の設置

仕事と不妊治療の両立に向けて企業(職場)、そして当事者にできること

 不妊治療と仕事の両立が難しいという理由で、企業にとっての大事な人財を失わないために、人事担当者はもちろん、職場をマネジメントする管理職の不妊や不妊治療への正しい理解が不可欠です。先に挙げたハラスメント的な発言も、これらを理解することで防げるものが多いです。不妊治療をする人が業務に支障が出そうな際に、最初に相談するのは上司ですので、管理職の方々の対応は両立において大変重要です。相談を受けた際には、出来ることなら職場に知られたくないという気持ちがある中で、勇気を振り絞って相談しているであろうことを理解していただきたいです。不妊治療は育児や介護と違い、対象が現段階で存在するわけではなく、いわば未来に対する治療です。そのため、業務の調整をするなどして、周りを巻き込んで治療を受けても、必ず妊娠・出産に繋がるわけではありません。よって、伝えるのには勇気がいりますし、プライベートなことで職場に迷惑をかけると申し訳ないという気持ちも強くなります。
 相談を受けた際に、管理職の方々に、「両立を応援する」というメッセージをもらえると、当事者はとても心強く感じます。そして、コミュニケーション中で、可能な範囲で治療の状況や業務で支障が出そうなこと、両立で不安に思っていること等を把握していただきたいです。一方で、治療をする人も会社や職場には伝えたくないという気持ちは十分理解できますが、可能な範囲で治療したいという自分の思いを伝え、両立について相談ができるようになれるとよいと思います。体外受精等の生殖補助医療になると、通院の負担が大きいため、両立を継続するためには、職場の理解が必要だと考えます。企業、職場、当事者で両立可能な働き方を考えていけるようになることを望みます。

プライバシー保護への配慮・男性不妊への理解も

 企業としては従業員から相談や報告があった場合でも、本人の意思に反して職場全体に知れ渡ってしまうことなどが起こらないよう、プライバシー保護への配慮が必要であるとともに、何かあったときに相談できる相談窓口があると安心です。また、不妊は女性の問題と思われがちですが、WHO(世界保健機関)によれば、原因の約半分は男性にもあるとされており、女性だけでなく、男性も治療が必要な場合もあることも知っておいていただきたいです。

 不妊治療への理解が深まり、企業が両立に関し、課題意識を持って取り組むことで、両立可能な職場が増えることを願っています。もちろん、不妊治療だけが特別なのではなく、育児・介護・病気治療等、さまざまな事情を抱えた従業員がライフステージを迎えるにあたり、両立を諦めずにいられる企業・社会の実現が何より大事です。

*1 厚生労働省「平成29年度 不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査研究事業 調査結果報告書」
*2 国立社会保障・人口問題研究所「2015年社会保障・人口問題基本調査」
*3 生殖補助医療による出生児数:日本産科婦人科学会「ARTデータブック(2018年)」、全出生児数:厚生労働省「平成30年(2018)人口動態統計」

<参考資料>
・厚生労働省「不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアル」
・厚生労働省「不妊治療と仕事の両立サポートハンドブック」
・NPO法人Fine「制度導入促進ガイド」

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