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フェムテックの活用で不妊治療と仕事の両立を

コラム

フェムテックの活用で不妊治療と仕事の両立を

医療法人浅田レディースクリニック 理事長 浅田 義正
令和三年度取材

フェムテックとは?

 「フェムテック」とは、「Female」女性、と「Technology」からなる造語であり、生理や更年期などの女性特有の悩みについて、先進的な技術を用いた製品・サービスにより対応するものです

 これまでは、月経・妊娠・更年期といった話題は職場ではタブー視され、それにまつわる悩みは個人で対処するもの、と置き去りにされてきましたが、女性の力を最大限に発揮してもらうため、「フェムテック」を活用して心身状態の改善を図ろうとする企業の取組が始まっています。

 企業や自治体、周りの人の理解により、働く女性が何かを犠牲にしたり、何かをあきらめたりすることなく、ライフイベントと仕事を両立しながら、自分らしく生きることができます。そしてそれは、誰もが働きやすい環境をつくり、企業の価値、社会の価値につながるはずです。

 社会の晩婚化、晩産化が進むなか不妊で悩む方の数は増加傾向にあり、5.5組に1組の夫婦が不妊の検査や治療を受けたことがあるとのデータがあります。思春期、成熟期、更年期、老年期の女性のライフステージにおいて、妊娠・不妊、産後ケア、更年期、婦人科疾患等がフェムテックの適用分野となりますが、実は、我々の生殖医療現場では、フェムテックという言葉は現在ほとんど使われていません。なぜなら高度生殖医療はもともとサイエンスでありテクノロジーであるため、あえて改めて造語を使用する必要がなかったためだと思われます。1978年に世界初の体外受精成功例が報告されて以来、この40年余り生殖科学のテクノロジーは最も急速に発展を遂げ成功を収めてきました。それらをフェムテックとして紹介したいと思います。

不妊治療に関する技術革新の歩み

 生殖医療とりわけ高度生殖医療における大きな技術革新は3つあったと思っています。
 第一にはもちろん、体外受精そのものが挙げられるでしょう。これは、ヒトにおいて体外で受精させて子宮に戻すものであり、先行して進んでいた動物実験や畜産分野の研究で細胞培養や培養液といった生物学的研究が発展し、その後人体においても可能になったことは言うまでもありません。
 2つ目は顕微授精(ICSI: Intra Cytoplasmic Sperm Injection)であり、1992年にその妊娠出産例が初めて報告されました。この技術により、乏精子症・精子無力症の治療が確立され、無精子症においても精巣あるいは精巣上体から手術的に運動精子が採取されれば、多くの場合受精卵ができるようになりました。その結果、ほとんどの男性不妊症の治療はICSIで解決でき、従来の男性不妊治療はICSIで置き換えられたのです。
 3つ目はヒトの卵子の凍結融解技術です。この研究は、1980年代から畜産の研究結果を参考に始まり、当初はスローフリージングという方法が一般的でした。通常の細胞に比べて巨大な細胞である卵子の凍結は、そのままでは凍結時に水分が膨張するため、細胞が破壊されうまくいきません。そのため脱水状態にし、しかもゆっくり冷却し、マイナス7度まで過冷却にしてから植氷という操作を加え、2~3時間もかけて凍結していました。その後、2000年代になってVitrification(ガラス化法)といって、瞬時に液体窒素に漬けることで、短い作業時間で、凍結障害も少ない凍結方法が実用化されました。これにより、それまで受精卵より凍結障害が大きかった未受精の卵子においても生存率が向上し、卵子の凍結が普及するようになったのです。

フェムテックとしての先進的取り組み

 生殖医療専門のクリニックの培養室(ラボ)はテクノロジーの塊です。顕微授精法、培養法(培養液・培養器)、凍結融解法等は日進月歩です。基本的に我々の細胞は、単独では通常の外気と同様の高酸素環境に弱いため、ヒト卵子を培養する際は、培養器内を低酸素環境に保っています。しかし、従来の冷蔵庫型の培養器では、扉を開けるたびに庫内は一瞬にして高酸素環境となるため当院では全く蓋を開けないで済むカメラ内蔵のタイムラプスインキュベーターを採用することで、低酸素環境を実現しています。このようなテクノロジーの進歩で、胚盤胞到達率も徐々に向上してきたのです。「毎月女性に生理があるのは、子宮内膜を厚くして血管からの距離をとり、着床時期に血管の塊である子宮内に低酸素環境を作るため」という説を、私も支持しています。逆に子宮内膜は太い血管がなく低酸素を保っているので、妊娠しなければその組織を維持できず、毎月作り直すことになると考えています。
 当院では外国製も使っていますが、純国産のタイムラプスインキュベーターを共同開発し、AI搭載により受精現象を自動で検出できるシステムも構築してきました。また、アプリから自分の卵子の発育具合をそのまま動画で見られるシステムや培養器や凍結タンクの異常を知らせる監視システム、地震や台風等による非常時のための非常電源システム等も、リスクマネジメントとして構築してきました。大切な代替のない受精卵や卵子の保存は、長期にわたる確実なリスクマネジメントを考慮した仕組みでなければならないと考えています。

これからのフェムテックの利用

 高齢等が原因による「卵子の老化」と、卵巣に残っている卵子の数の目安である「卵巣予備能」の低下のためになかなか妊娠できなかった患者さんが、高度先進医療としての体外受精・顕微授精で妊娠できるようになったことは間違いありません。しかし、卵子の老化は確実に進み、妊娠しにくくなります。
 卵子は女性が生まれる前に一度だけ作られ、二度と作られない超特殊な細胞です。精巣内にある幹細胞が死ぬまで精子を作り続ける男性とは決定的に違います。従って、卵子は体の老化より確実に早く老化がおこり、どんどん消滅します。これが卵子の老化です。凍結融解技術の進歩は、凍結により時間を止めることで、不可能と思われた「卵子・受精卵の老化を止める」ことができる画期的な技術です。今では女性が働いているのは当たり前の時代です。自分のキャリア形成のため、子育てのため、未婚のため等いろいろな理由はあるでしょうが、30代後半以降の卵子の老化による妊娠率の激しい低下を止める技術を、我々はすでに手に入れたことになるのです。これ以上にありがたいことはありません。これこそ最大のフェムテックと言えるでしょう。
 卵巣予備能は年齢と相関しません。つまり年齢からは、私は「いくつの卵子が残っているはず」ということは言えないのです。以前は体外受精治療の卵巣刺激で初めて気づかされた卵巣予備能は、今では、AMH(アンチミューラリアンホルモン)という血液検査である程度予測がつくようになりました。これも女性にとって人生設計を考える有力な検査であり、テクノロジーです。ちなみに私は2008年から全ての患者さんに検査を開始し、AMHを有効に使ってきました。

仕事との両立とフェムテック活用

 不妊治療と仕事の両立の難しさは以前から指摘されてきました。厚生労働省「平成29年度『不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合調査』」によると、仕事と不妊治療を両立できずに仕事を辞めた、不妊治療を中止した、あるいは雇用形態を変えたという人の割合はあわせて34.7%に上ります。両立できない理由としては、精神面での負担が一番大きく、通院回数の多さ、体調や体力面での負担の大きさが続きます。不妊治療を受けていることを職場に伝えていない人の割合は86%に上り、現状としてなかなか職場に伝えにくい、伝えても理解されないことが考えられます。また、従業員に対する支援を行っている企業も3割にとどまっています。
 しかし一方で、不妊治療を受けやすくする制度(不妊治療休暇制度や柔軟な勤務時間・勤務場所を可能にする制度、有給休暇を時間単位で取得できる制度など)の設立を積極的に行う企業も出てきており、行政においても、企業経営者や人事労務担当者、社内相談者などを対象とした研修が実施されています。このような動きを受けて、今後、不妊治療に対する理解が徐々に深まっていくことが期待されます。
 医療現場における取組として、当院では長年、待ち時間短縮をISO9001の目標に掲げ努力してきました。電子化により、当院入場から退出までのすべての工程は時間と対応者の名前とともに記録され、各部署での待ち時間が管理されています。これにより、待ち時間は以前より確実に短縮されました。診察室では医師の両側に二人のスタッフがつき、診察終了直後にその場でカルテの内容や処方のダブルチェックを済ませ、患者さんはナース、コーディネータ等の説明や処置、薬の受け取り後、自動精算機で支払を行います。

 患者さんへの説明は、待っている間にアプリの動画を見ていただくことで説明時間の短縮を図っています。長い間待ち時間短縮に努め実績も積んできましたが、待ち時間はゼロにはならないので、「待ち方改革」を提唱し、いろいろな待ち方ができるようにしました。ゆったりした椅子で居眠りをしたり、院内のパソコンで当院のデータや患者さんからの手紙を見たり、仕事を持ち込んで電源のあるブースで仕事をしながら待つことも可能です。将来的には、オフィスが近隣の方には、アプリから仕事中の呼び出しも可能にしたいと考えています。
 このほか、不妊治療と仕事を両立する上で問題になるのは、不確定な受診日と受診回数の多さです。私は、治療の際に通院せずに自宅で注射ができる「自己注射」という方法を用いることで受診回数を少なくする努力を重ねてきたほか、凍結受精卵の融解胚移植を行う際の回数を通常の2分の1程度に抑え、患者さん自身の都合に合わせた移植日を選択する仕組みを確立しました。
 なかなか改革改善が難しい医療分野ですが、当院でできる事は積極的に行ってきました。

おわりに

 今年の4月から体外受精等の高度生殖医療が保険診療の対象となり、不妊治療をしながら働く人の割合が高くなることが予想されます。晩婚化、晩産化という社会の大きな流れにおいて少子化が問題となって久しいですが、このような中で不妊治療が以前にも増して注目されるようになってきました。フェムテックが活用され、女性の健康課題に対して職場で発言ができるようになる、そのうえで不妊治療、妊娠、出産、子育てを、企業そして社会全体がサポートできるように日本も変わっていかなければなりません。
 コロナ禍の影響で出産は減り、また結婚する人も減っているという昨今の現状から考えても、女性が働きやすい環境をつくるためのフェムテックの活用、不妊治療を受けやすい環境づくりは、社会全体として喫緊の課題であると思われます。



引用・参考資料

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