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企業が整備すべき制度等について

コラム

企業が整備すべき制度等について

県立広島大学大学院 経営管理研究科 教授 木谷 宏
令和元年度取材

 1.はじめに 

 2016年2月に厚生労働省より、「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン(図表1)」が公表された。これは、治療を必要とする労働者の就労継続による病状悪化を回避し、適切な措置によって治療に対する配慮を行おうとする企業等の参考となることを目的としたものである。ガイドライン策定から半年後の9月に首相官邸で開催された「働き方改革実現会議」では「病気の治療、子育てや介護と仕事の両立」の検討が表明され、2017年3月の「働き方改革実行計画」においては、「7. 病気の治療と仕事の両立」として、①会社の意識改革と受入れ態勢の整備、②トライアングル型支援などの推進、③産業医・産業保健機能の強化が掲げられた。
 ガイドラインの取りまとめを行った立場から、その概要と企業が整備すべき制度等について解説を試みたい。

   図表1 事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン
事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン表紙
出典:厚生労働省
URL:https://www.mhlw.go.jp/content/000492961.pdf

2.治療と仕事の両立支援に当たっての留意事項

 ガイドラインは「治療と職業生活の両立支援を巡る状況」の説明から始まり、続いて本人、事業者、医療機関、社会の視点による「両立支援の位置づけと意義」が述べられている。企業においては、労働者の健康確保に加えて継続的な人材確保、人材の定着、生産性の向上、健康経営の実現、多様な人材の活躍、社会的責任の遂行、ワーク・ライフ・バランスの実現といった多くのメリットが期待できるはずである。次に「両立支援に当たっての留意事項」のポイントを見てみよう。

① 本人の申出
 治療と仕事の両立支援は私傷病である疾病に関わるものであり、本人から支援を求める申出がなされたことを端緒に取り組むことが基本となる。社内ルールの作成と周知、全社員や管理職等に対する研修による意識啓発、相談窓口や情報取扱方法の明確化など、申出が行いやすい環境を整備することが重要である。
② 治療と仕事の両立支援の特徴を踏まえた対応
 治療と仕事の両立支援の対象者は、入院、通院、療養のための時間の確保が必要になるだけでなく、疾病の症状や治療の副作用・障害等によって、従業員自身の業務遂行能力が一時的に低下する場合もある。このため、時間的制約に対する配慮だけでなく、本人の健康状態や業務遂行能力も踏まえた就業上の措置が必要となる。
③ 対象者・対応方法の明確化
 企業の状況に応じて、社内ルールを労使の理解を得て制定するなど、両立支援の対象者と対応方法を明確にしておくことが必要である。この点に関しては、経営者自らが基本方針を定め、明文化および周知しておくことが重要である。なお、ガイドラインは非正規雇用者を除外するものではないことにも留意が必要である。
④ 個人情報の保護
 両立支援には、症状・治療の状況等の疾病に関する情報が必要となる。これらは機微な個人情報であることから、労働安全衛生法に基づく健康診断において把握した場合を除いて本人の同意なく取得できない。しかし2019年4月に施行された改正労働安全衛生法では「健康情報取扱規定」を定めることが義務付けられ、同意取得の手続きが明確になった。
⑤ 両立支援にかかわる関係者間の連携
 様々な関係者が連携することで、症状や業務内容に応じた適切な両立支援が可能となる。事業場関係者(経営者、人事労務担当者、上司・同僚、労働組合、産業保健スタッフ等)、医療関係者(主治医、看護師、医療ソーシャルワーカー等)、地域関係者(産業保健総合支援センター、治療就労両立支援センター、保健師、社会保険労務士等)、さらには労働者の家族など関係者は多岐にわたる。

3.両立支援を行うための環境整備

 上記の留意事項を踏まえ、「両立支援の環境整備」に着手することとなる。取組みに当たり、企業においてまずなすべきことは両立支援に関する周到な情報収集である。当ガイドラインをしっかりと読み込み、他社事例をセミナー・ホームページ・書籍・雑誌等で収集し、助成金等の公的支援についてもアンテナを張り巡らすと良いだろう。なお、これらと併せて従来の定期健康診断やがん検診の見直し(健康情報の取扱い、受診・再診の勧奨方法、無償化の検討、データヘルス・コラボヘルスの取組みなど)を行うことも不可欠である。

① 経営者による基本方針等の表明と従業員への周知 ~ 衛生委員会などの活用
② 研修等による両立支援に関する意識啓発 ~ 管理職を含めた全員を対象に
③ 相談窓口の明確化 ~ 専任部署、人事労務担当者など
④ 両立支援に関する制度・体制の整備
ア 休暇制度、勤務制度の整備:時間単位の年次有給休暇、傷病休暇・病気休暇、時差出勤制度、短時間勤務制度、在宅勤務(テレワーク)、試し出勤制度など
イ 従業員から支援を求める申出があった場合の対応手順、関係者の役割の整理
ウ 関係者間の円滑な情報共有のための仕組みづくり
エ 両立支援に関する制度や体制の実効性の確保
オ 労使等の協力体制

4.今後の課題と取組み

 ガイドラインでは、環境整備に続いて具体的な「両立支援の進め方(準備・認知・治療・復職)」および「特殊な場合の対応」が述べられ、巻末には参考資料として様式例、支援制度や機関の情報、疾病別(がん、脳卒中、肝炎、難病)の留意事項がまとまっている。このように画期的なガイドラインがまとまったが、その実行に向けては課題も明らかになっており、すでに様々な取り組みが始まっている。

① 両立支援の啓発
 関係団体(労働局、労働基準監督署、都道府県、経営者団体、労働組合、医療機関、職能団体、関連学会など)による広報活動が不可欠である。残念ながらガイドラインの認知率は未だ低い状況にある。たとえば筆者が2017年に行った全国93の患者団体調査では、「(内容まで含めて)良く知っている」と答えた団体は回答数の約1割であり、約4割の団体は「良く知らない」としている。
 ちなみに、全国的な支援策とすでに民間団体や自治体で行われている両立支援に関する取組みの連携が重要であるとして、47都道府県における「地域両立支援推進チーム」の設置が2017年5月に厚生労働省より各労働局へ指示された。すでに各自治体において関係者が一堂に会する形で情報共有や周知・啓発に向けての議論が始まっており、企業向けの両立支援リーフレットも作成・配布されている。

② 企業に対する支援
 経営者および管理者に対する意識変革の喚起と関連知識の提供が急務であり、がん検診の無償化や発症事例に対する積極的な取組みなどを行っている企業を表彰・認定する制度(注:筆者も審査員として参画した東京都「がん患者の治療と仕事の両立への優良な取組を行う企業表彰」など)が有効であろう。また社内における研修プログラムの提供、自社の両立支援レベルを簡易に評価できる診断指標などの開発も待たれる。さらには両立支援に関する好事例を収集・蓄積したデータベースの構築や活用も必要である。小規模事業場に対する窓口設置(地域産業保健センターや治療就労両立支援センター)と体制強化も急務であり、各センターには両立支援促進員が配置されることとなった。
 両立支援に関する企業の課題として、筆者が広島県で行った調査からは、①自社の参考となる具体的な支援事例・情報の不足、②慢性的な人手不足状況下での両立支援ノウハウの不足、③健康者を中心とした全従業員の両立支援意識の向上などが挙げられている。「健康経営」という経営戦略および「働き方改革」という人事戦略に「治療と仕事の両立支援」を組込み、各種助成金等も活用しながら中長期的に取り組む覚悟が不可欠であろう。

③ 労働者自身による取組みの支援
 両立支援の起点となるのは本人に他ならないことを述べた。前述した東京都「がん患者の治療と仕事の両立への優良な取組を行う企業表彰」の審査において明らかになったのは、「両立支援は、①本人が会社へ支援を申し出る、②会社側が従業員の罹患を適切な方法で把握する、のいずれかによって初めて開始可能である」という単純な事実だった。会社がどんなに素晴らしい制度を準備しても、従業員が支援を申し出ず、会社が罹患を把握できない限りは支援の施しようがない。
 そのためには環境整備に加えて、健康者を含めた全員が医療に関する知識(メディカル・リテラシー)を習得する機会や皆で体験を共有できるネットワークなどが必要である。また、病気予防に向けた自己管理、経済的備え、生命保険の加入など、労働者自身による日頃からの取組み(自己保健義務)を啓発していく必要もある。

5.さいごに

これからの報酬制度においては、賃金を役割と成果によって公正に決定すると同時に、将来の社員の価値を高めるための「キャリア支援」と多様な人材の活躍を許容する「柔軟な労働時間」を提供することが必要である。治療と仕事の両立支援とは、企業が従来の賃金とやりがいに加えて、キャリア支援や柔軟な時間という新たな報酬を提供する試みに他ならない。
「ニッポン一億総活躍」が必要ならば、非正規雇用者、女性、外国人、高齢者のみならず、疾病抱える労働者の活躍は喫緊の課題である。従来は企業の規模や方針、疾病の種類や病状、主治医・産業医の意識、あるいは本人の能力や上司との関係に応じて個別かつ曖昧に行われていた治療と仕事の両立支援について、企業および社会におけるルール作りが漸く始まったのである。これからの企業の取組みに大いに期待したい。

参考文献:
木谷宏『「人事管理論」再考-多様な人材が求める社会的報酬とは』生産性出版、2016年
厚生労働省「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン 平成31年3月改訂版」2019年
厚生労働省「企業・医療機関連携マニュアル」2019年
森晃爾『成果の上がる健康経営の進め方』労働調査会、2016年
中川恵一・関谷徳泰『がんは働きながら治す!』労働調査会、2017年
高橋都他『企業のためのがん就労支援マニュアル』労働調査会、2016年
豊田章宏『復職コーディネーターハンドブック』労働者健康安全機構、2016年

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