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従業員を辞めさせないためにできること

コラム

従業員を辞めさせないためにできること

一般社団法人 仕事と治療の両立支援ネットーブリッジ 代表理事 服部 文
令和二年度取材

「折り合って働くこと」への期待

 病気の治療からの復職。一時期離脱していた従業員が、また戻ってきて前と同じようにバリバリと働いてくれることを心待ちにしている企業は多いことでしょう。しかし、中には「復職したけれどそうはいかない」ということがあります。
医療の進歩は、かつては難しいとされてきた病気にかかっても、質の良い日常生活を維持できるケースを増やしてきました。そのため、治療しながら仕事ができる職場環境を、病気になった従業員からも、社会からも、期待されるようになったのです。しかし、そうなると「前と同じようにバリバリ」とはいかないことも当然出てきます。どのように治療スケジュールや体調、職場環境と折り合って働いていくか、それが「病気治療と仕事の両立」に求められるテーマなのです。

労働者と企業に生じるそれぞれの困りごと

 私たちが多くの支援事例の中で出会ってきた、復職する際に生じる困りごとには、例えばこんなことがあります。

    《労働者の困りごと》
  • 復職を急ぎすぎて、体力がついてこない
  • 病気のことを知られたくないため、配慮してほしいことも言い出せない
  • 休職の負い目を感じ、周囲の人に配慮してほしいと言えない
  • 働きにくさがあるが、配慮してほしいことが何かわからない
    《企業の困りごと》
  • 復職にあたり提出された診断書の内容を理解・判断することが困難
  • 配慮を講じた上で復職させたいが、現場からの反発が強く調整が難しい
  • 配慮するにあたって、復職者のプライバシーをどう守るか苦慮する
  • 危うさが見られるので配慮しようとしても、本人が「前と同じように働ける」としか言わない

 労働者からは「病気による自己の心身の変化、またそれに応じた働き方がどんなものなのかわからない、適切に伝えられない」ということ、また企業からは「労働者がどんな状態なのか理解できない、職場環境の調整が困難」という状況が浮かび上がります。こうした状況を放置すると、どうでしょう。せっかく復職したのに次第に周囲の人との軋轢に悩み、職場に居づらくなっていく…そんな光景が目に浮かんできませんか?事実、そのようにして半年から数年の間に離職する人はとても多いのです。復職はゴールではなく、むしろ新たな働き方に適応するためのスタート地点。ぜひそんな意識で関わってください。

治療プロセスの初期段階からの伴走を

 復職にあたり、こうした困りごとが発生するのはなぜでしょう。それは主に、復職間際になって初めて今後の話し合いがスタートする、そのタイミングの遅さに起因すると考えられます。
治療中の患者にとっては、治療に向き合うだけで精一杯であることが多く、なかなか復職のことまで考える余裕がありません。体調も移ろいやすく、自分がどう働けるかのイメージを持ちにくいのが現実です。当然、主治医に対しても十分仕事に関する相談はできていません。
 想像してみてください。そんな毎日を過ごす中で、まだ体調は万全とはいえないまでも、ようやく雲の切れ間から日が差すように復職が視野に入ってくる。主治医から許可も得られた。さあ、復職に向けての一歩を踏み出そうと職場に伝えた。でも、これからも治療のための通院は続くし、前と同じように働けるわけではない。必要な配慮を問われても、うまく答えられない。診断書を書いてもらったが、そもそも主治医に自分の仕事内容について十分に伝えられていないので、的確な配慮事項が書かれているわけでもない。なんとか復職したけれど、やはり体調が厳しい。でも、今まで業務をカバーしてくれていた同僚に対する遠慮もあるし、がんばらざるを得ない…。
 もっと早くから今後の働き方に関する理解を深めて調整ができていれば、結果は違っていたかもしれない、そう感じるケースに幾度となく出会ってきました。復職を目前にして配慮事項を言い出されても、急には対応できないという企業側の事情もあります。話し合いがこじれて対立関係に発展してしまうことも少なくありません。ですから、企業のみなさまにぜひお願いしたいことがあります。病気で休職する労働者に対して、病気の治療に専念できる環境を確保しつつも、初期段階から復職に至るまでの治療プロセス全体を伴走していただきたいのです。それが今後の働き方を見据えた、企業と労働者の協調した関係性を築きます。そのための具体的なステップを以下に述べていきます。

 まず、これから治療に入る労働者には「復職を待っています」という言葉に加えて、2つのことを伝えてください。

  • 復職時に必要な配慮が話し合えるように、職務に影響しそうな不安や心配ごとは、その都度主治医に伝えて確認し、自身で状態を把握すること
  • 復職時に必要な配慮や措置があれば、(遂行は確約できないまでも)早めに伝えてほしいこと

 また、休職中はそっとしておくという気遣いをされることも多いのですが、治療期間を通じて伴走するという観点から、連絡手段を確保しておいた方がよいと思います。本人の体調への配慮もあり、治療中は会社からは連絡がしづらくなることが多いため、休職の手続きと併せて連絡手段やタイミングを話しておくと良いでしょう。健康保険の傷病手当金の申請書をやり取りする機会を活用するのもお勧めです。
 いよいよ復職が視野に入ってきたら、安全に働ける職場環境の確認や調整をします。場合によっては、職務の変更や配置転換が必要となるかもしれません。いずれにせよ、企業における健全な安全配慮義務に則った対応で、相互に折り合える地点を目指したいものです。新型コロナウイルス感染症の影響下で、実際にテレワークで業務を遂行していた事実があるにもかかわらず、「制度がないからテレワークが認められない」などと聞くことがあります。しかし、企業は合理的配慮の法的義務を負う存在であり、難病などによって社会的障壁を持つ従業員に対しても、障害者手帳の有無にかかわらず、過重な負担にならない範囲で社会的障壁の除去の手段を講ずる義務があります。社内の制度より法制度の順守のほうが、優位にあるのは明らかです。
 復職後の周囲との関係性にも目を向けることが大切です。復職する従業員の心理面に配慮しつつ、職場全体の納得が得られる情報共有を心がけてください。中には「人事労務の担当者が残業免除を認めてくれて復職したが、現場に周知されておらず、とても定時に帰れる雰囲気ではない。体への負担が限界に来ていて、退職を考えている」という相談もありました。ご注意を。
 復職前に講じた就業措置が万全とは限りません。むしろ、実際に職務を遂行する中で、多少のずれや不具合を発見する方が自然であり、微調整が必要になってくるものです。その微調整に対応するためにお勧めしたいのが、定期的なミーティングの場を設けることです。週に1回10分で構いません。相談することがあってもなくても、必ず「最近どう?」とキーマンと対話できる場をつくってください。労働者には遠慮があり、困りごとを切り出しにくいものです。また、率直に伝えたら伝えたで、忙しい中で聴く側は「また配慮?」とうんざりするかもしれません。そうした心理的なハードルを取り払い、相互に働き方を改善するための前向きな戦略会議と位置づけることが大切です。

あなたの企業でできること3つ

 ここまで、順を追って具体的な対応策について述べました。最後に、企業としてどんな体制で両立支援に臨めばよいか、3つのポイントをお話ししたいと思います。

① 企業の方針をトップが打ち出す
 社内の制度づくりは大切ですが、運用する人の意識が伴うことで、初めて生きてきます。人事労務担当者が復職に向けた調整をしたくても、現場の声に圧されて実行できない様子を何度も見てきました。企業として両立支援を推進するというトップの宣言は、社内の流れを強く方向づけます。両立支援を企業内のスタンダートにするために、内外に宣言し、同じベクトルで進む機運を高めましょう。

② 窓口を一元化する
 「大企業では両立支援の制度が整ってきた」と言われます。歓迎すべきことですが、必ずしも設計した通りに運用されていないのかも…と感じるケースも散見されます。これは当団体が地方都市(名古屋)で活動しているため見えることかもしれません。画期的な両立支援制度の発表をニュースで見た覚えのある、大きな企業の支社や支店、営業所の事例を扱うことがあります。人事労務の機能は本社に集約され、休職者の対応は直属の上司が行うことも少なくありません。すると、その上司が「前と同じ仕事を100%できなければ復職を認めない」と、大きな壁となって立ちはだかるのです。支社などに勤務する労働者から本社の人事労務担当者につながるルートはない、産業保健スタッフがいるかどうかさえ知らない、ということがほとんどです。本社への連絡を考えるものの、上司の意に沿わない相談ルートを求めることで、職場に戻りづらくなることを恐れ、身動きが取れない状況に陥りがちです。このような「せっかくつくった制度が、絵に描いた餅」状態に出くわすたびに、支援者としてはとても悔しい思いを噛み締めます。このコラムをご覧の方は、自社の制度がどの従業員も等しく使えるものになっているか、ぜひ確認してみてください。十分に目が行き届かない地域で属人的な対応に陥らないよう、窓口は一元化することをお勧めします。

③ 医療機関と勤務情報を共有する
 病気にかかったAさんは労働者であり、患者です。企業としては労働者のAさんは知っていても、患者としてのAさんの情報を持っていません。だから、治療しながら働こうとするとき、何に配慮すればいいかわからないのです。
 一方、医療機関は患者としてのAさんをよく知っています。でも労働者としてどんな職業背景を持ったAさんなのかはわかりません。主治医としても、100人を超える患者一人ひとりに対し、仕事のことを聴き取る余裕はありません。だから、復職時に必要な配慮の記載を求められても、書けることには限界があるのです。
 それならば、企業と労働者が協力し、治療のなるべく早い段階で、具体的に記入した勤務情報を医療機関に提出してはどうでしょう。電子カルテに取り込んでもらうことで、多職種で構成されるチーム医療で情報を共有できるため、体調の変化や副作用の出現時に、職務への影響について話しやすくなります。復職時には、より的確な配慮事項の記載にもつながります。

 企業とは、さまざまな事情を持ち合わせる個人で構成された集合体。誰がいつ何時、両立支援を必要とする立場になるか、わかりません。あなたの企業が、病気になっても安心して共生できるコミュニティとして、社会で持続的に機能することを願ってやみません。

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