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対話から始まる両立支援 ~制度は運用して活かそう!~
コラム
対話から始まる両立支援 ~制度は運用して活かそう!~
一般社団法人CSRプロジェクト 代表理事 桜井なおみ
0.はじめに
私は今から20年前にがんを罹患したがん体験者です。また、働く世代の患者の社会問題の支援や解決に取り組むことを目標にした患者支援団体である一般社団法人CSRプロジェクト(Cancer Survivor Recruiting Project)の代表理事でもあり、がん体験を活かした社会貢献を目指すキャンサーソリューションズ株式会社の代表取締役社長でもあります。このコラムは、患者、経営者、支援者という様々な角度から、これまでの両立支援の歩みを振り返りつつ、これからの企業、社会が備えるべき対応について考えてみます。
1.社会とともに歩む「がん」対策、両立支援の拡がりへ
治療と仕事の両立支援は、がん領域が他の疾患領域に先駆けて取り組みを開始し、今日では医療関係者のみならず、企業も巻き込んださまざまな取り組みへと広がっています。この背景には、2016年に改正(平成28年12月16日 施行)された国のがん対策基本法の基本理念に「がん患者が尊厳を保持しつつ安心して暮らすことのできる社会の構築を目指し、(中略)、がん患者に関する国民の理解が深められ、がん患者が円滑な社会生活を営むことができる社会環境の整備が図られること」と明記されたことが影響しています。同法第八条には、「事業主は、がん患者の雇用の継続等に配慮するよう努めるとともに、国及び地方公共団体が講ずるがん対策に協力するよう努めるものとする。」と、努力義務ではありますが、すでに両立支援が明記されています。この法改正から10年が経過し、治療と仕事の両立支援は、糖尿病や若年認知症など、働く世代が罹患するだろう多くの疾患へと拡がっていきました。
実は、法改正に際して「社会環境の整備」という単語を加えることは、かなりの困難が伴いました。というのも、法律で用いられる言葉には、全て定義があるからです。「社会環境」という言葉は、考え方なのか、制度なのか、それともデザインなどの物理的な対策なのかと、その意味するところは非常に幅広く、個人や立場によって定義も異なります。それでも、私たち患者支援団体は、この言葉にこだわりました。「福祉も大切ですが、私たちは社会の中で“普通に”生活をしていきたいのです」と、何度も議論を重ね、ようやく法文の中に盛り込むことができました。これにより、2012年(平成24年)6月に成立した国の第2期がん対策推進基本計画においても、「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」が重点事項として掲げられ、個別目標として「がん患者の就労を含めた社会的な問題」が記載されました。この計画策定時も、当初は「がん患者の就労問題」とされていた表記を、私たち患者支援団体が、「就労だけが問題ではなく、経済、妊孕性、アピアランス、偏見や差別の解消など、広く“社会的な問題”としてとらえてほしい」と要望し、現在に至っています。このように、患者や市民が医療政策の議論の場に参画するようになってから、がん対策では、医療以外の課題も取り上げられるようになりました。
2016年(平成28年)には「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン、https://chiryoutoshigoto.mhlw.go.jp/download/)」もまとめられ、事業場における両立支援が進められるとともに、2018年(平成30年)には、「療養・就労両立支援指導料」が診療報酬改定で創設され、医療機関でも両立支援が取り組まれるようになりました。「がん医療の格差、ドラッグラグ、がん難民」という課題からスタートしたがん対策も、「病気をもつ個人」の問題から「社会の問題」へと政策の範囲が拡がり、様々な対策が実施されてきたのです。
両立支援の取り組みから10年が経過をし、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(略称:労働政策総合推進法)」が改正、治療と仕事の両立支援に対する事業主の責務が明記されました。2026年(令和8年)4月1日からは、「事業主は、疾病、負傷その他の理由により治療を受ける労働者について、就業によって疾病又は負傷の症状が増悪すること等を防止し、その治療と就業との両立を支援するため、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない」ことになります。これは、「がん」だけではなく、全ての病気に対して、全ての従業員に対して事業主が担う役割になります。労働に関する法律の中で明文化されたことには重要な意味があり、これからの日本の働き方に対するメッセージととらえることもできるでしょう。
2007年に研究グループを立ち上げ、両立支援に関する活動を始めたとき、内部機能障害を抱えた友人から、「がんから拡げてほしい。数が少ない疾患からでは社会は動かないから」と言われたことがあります。その友人は残念ながら既に他界しておりますが、もし存命であったならば、今日に至る両立支援の広がりをどのように感じるのか、考えを聞いてみたいところです。
2.両立支援を行う上で心がけたいこと ~労働政策総合推進法のポイント~
労働政策総合推進法では、「厚生労働大臣は、職場の健康保持増進に関する他の指針と調和を保ちながら、“治療と仕事の両立支援指針”を策定、公表をし、指針に基づいて、事業主や団体へ指導や援助を行うことができる」とされています。他にも様々な要点が記載されおり、事業主であれば、是非一読をしてほしいと思います。
私が皆さんに一番読んでほしい部分は、厚生労働省「治療と就業の両立支援指針(令和8年厚生労働省告示第28号)」にある「3、治療と就業の両立支援を行うに当たっての留意事項」の部分です(参考:https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001653964.pdf)。ここには、両立支援を進める上で大切なポイントが9つの事項、①安全と健康の確保、②労働者本人の取組、③労働者本人の申出、④措置等の検討と実施、⑤両立支援の特徴を踏まえた対応、⑥個別事例への配慮、⑦対象者・対応方法の明確化、⑧個人情報の保護、⑨関係者間の連携、に整理されています。
すこし乱暴かもしれませんが、これをもっとシンプルにまとめたものが、図1のスライド「両立支援の心得5ヶ条」になります。企業の人事担当者や管理職の方を対象とした研修会を依頼されたとき、細かな工夫を紹介しつつ、必ず最後にこの図を紹介します。一方的に決めつけないで、よく相手の話を聞くこと。制度を整えればそれで終わりではなく、制度を活かすためにも、ひとりひとりの配慮してほしい事項に対応して運用をしていくということです。
■図1:両立支援の心得5ヶ条

なぜ「対話」が大切なのか。それは、患者の方や企業の相談を受けていると、「善意からくるボタンの掛け違い」が原因になる離職がとても多いからです。例えば、Aさんは、治療中でも今は体調も安定していて、特段の配慮はいらないかもしれません。一方のBさんは、治療は一段落をしても、後遺症が少し残っており、もう一歩の配慮が欲しいかもしれません。このとき、就業規則で一律に線を引いてしまうと、配慮が要らないAさんのモチベーションは下がりっぱなし。「“辞めろ”って言っているのかな?」と思ってしまいます。一方のBさんは、「職場に迷惑をかけているから辞めるべきかも?」と、モチベーションが下がっているかもしれません。「良かれ」と思ってしたことが、必ずしも「良かれ」にならないケースが多々あるからです。遠巻きにするのではなく、それぞれの意向を伝えあい、「休み方」ではなく、「働き方」を考える。そして、「できないこと」ではなく、「できること」や「どんな環境ならできるのか」を事業主に考えてほしいのです。周囲にいる同僚との関係性も重要です。就労上の配慮も、短期間なら、「Bさんのために」とカバーしてくれるかもしれませんが、1年、2年と長くなると、不公平感につながり、職場全体のモチベーション低下を招くかもしれません。「あわてず、決めつけず、よく話をきいて、調整をし、それをルールにする」ことが大切なのです。
両立支援は原則として本人の申出をきっかけに行われます。常日頃から、「助けて」が言える、職場の心理的安全性は、皆さんの職場にあるでしょうか?「お互い様」が言える環境は、大企業だからできる、中小企業だからできないではなく、全ての職場に必要になるでしょう。
3.なぜ対話が必要なのか?
なぜがん患者は離職してしまうのでしょうか? 図2は私たちが行った患者調査になります(2018年3月実施)。抗がん剤などの薬物療法を受けると、治療期間の長期化や体調不良などにつながり、離職率が高まることはアメリカでの調査から明らかになっていました。この調査は、日本での実態を把握するため、「薬物療法を受けたがん経験者300人」を対象に仕事への影響を調査したものです。
図の赤い色の帯が医学的な理由、青が就業規則など職場理由、緑が精神的な理由になります。就労継続に影響を及ぼした背景要因の第1位は「体力低下」、第2位は「薬物療法に伴う副作用」、第3位は「術後の後遺症」、第4位は「迷惑をかけると思った」、第5位は「価値観が変化した」ということがわかりました。つまり、「赤(身体)>緑(心)>青(制度)」の順で、治療で体力や副作用、後遺症を抱えたことが、精神的なストレスになり、それに対応した柔軟な働き方の選択ができないことから、離職へつながるというプロセスが見えてきました。この「柔軟な働き方」という言葉は、病気だけではなく、子育てや介護との両立を考える際にも、よく登場する言葉だと思います。多くの企業は様々な制度をすでに用意されているでしょう。しかし、その制度は、話を通じて、よく運用してくことで。初めて活きた仕組みになって浸透していきます。
薬物療法の副作用には、短い期間で「とてもつらい」症状と、「それほどのつらさではなくても」長期間続くものがあります。手足のしびれや倦怠感、不眠や意欲の低下などは比較的長い期間続きます。こうした症状の違いに応じて、「働く環境」を用意することが大切です。そのうえでは、本人の同意を得た上で、医療機関と情報連携をし、トラアングル型の支援をつくっていくことも欠かせません。
■図2:薬物療法を受けたがん経験者が就労継続に影響した要因

図3は、がん患者の方に「がん患者の時系列ごとの仕事のパフォーマンスを診断前の状態を100%に、時間とともにどの程度変化したのかを報告してもらったものです(177人の患者が回答)。注目してほしいのは、確定診断が出る前、つまり、職場の検診や自覚症状などで、「がんの疑い」がかかってからパフォーマンスが変化をするということです。また、入院治療を終えた後に仕事のパフォーマンスはいったん回復しますが、その後に再度低下傾向になる(調査データの平均85%)という特徴もみえてきます。
「迷惑をかけた」などという気持ちになったり、「挽回しよう」と頑張りすぎると、心と身体がバラバラになっていってしまうことがあります。せっかく復職したのに辞められてしまった経験がある事業主の方もいるでしょう。「下がることもある」を前提に、新しい働き方を一緒に見つけていってほしいと思います。
■図3:がん患者の時系列ごとの仕事のパフォーマンスグラフ

4.まとめ ~幸せを感じられる職場づくりのために~
これからの職場は、雇用年齢の長期化にともない、高齢の従業員が増えていくでしょう。60代、70代になっても、当たり前に働く社会へ向かう中で、事業主も自分事として、病気を抱えながら働く従業員への支援を考えていってほしいと思います。人材は人財です。失ったときにはじめてその人の存在の大切さを感じることがあるでしょう。長く苦楽をともに歩んできた従業員の健康を考えるとともに、病気や介護、子育てなどの経験が、新しい商品開発やサービス開発につながるかもしれません。就業規則を変える際にも、その制度を利用したことがある従業員の意見をどうか参考にし、一緒に考えてみてください。
事業主の皆さんは、どうか遠巻きにせずに社員と対話をしてください。患者さんは自分の働き方の希望や配慮事項を伝え、新しい日常生活を一緒に創りだしていきましょう。今回の法改正には、そうした意味が込められていると私は考えます。







