育児と仕事の両立支援の重要性
コラム
育児と仕事の両立支援の重要性
前田正子(甲南大学マネジメント創造学部教授)
平成30年度取材
はじめに
私が子育て支援の研究を始めたのは1994年からです。1992年に出産しましたが、育児休業法施行以前で仕事との両立を断念せざるを得ませんでした。その年の9月から子連れで夫と共にアメリカに留学しましたが、公的保育制度のないアメリカでも苦労しました。0歳児保育は少ない上、良い保育所は保育料が高く、安価な保育所はとても悪い環境でした。仕事と子育ての両立はアメリカでも大変なことだと思い知らされました。
1994年に帰国し、日本で働き始めましたが、またもや保育園探しで苦労しました。これが契機となり保育園や子育て支援の研究を始めました。1994年は奇しくもエンゼルプランという国の子育て支援の取組みが始まった年でした。それから20年が経過し育児休業制度や保育園の充実は図られてきましたが、待機児童問題は相変わらず解消されず、日本の少子化は進むばかりです。
私が勤務する大学の学生たちに将来のことを聞くと、男女ともに「結婚して子どもを持ち幸せな家庭を築きたい」と答えますが、「実現できるかどうかはわからない」と、不安を口にします。「子どもを育てるのはお金がかかるから、たくさんは産めない」とも言います。「夫は大手企業、妻は専業主婦」という家庭環境で育った学生の親たちの時代から大きく変化した時代に生きる若者の多くは将来に不安を覚えているのです。結婚し夫婦で協力しながら仕事と育児を両立させることがたやすくできる社会を実現するためには両立支援は欠かせません。子育てを巡る状況を改善し、働きやすい労働環境の整備が求められおり、国、自治体、地域、企業等々が両立支援を講じていくことが必要です。結果として、ハッピーな家庭、企業、地域が生まれ、少子化問題の解決の道に繋がっていくかもしれません。
子ども・子育てを取り巻く状況
少子化が進行しています。2016年の出生数は97万6,978人で、1899年に統計を開始して以来、初めて100万人を割りました。出生率は2005年に過去最低の1.26まで落ち込み、2016年には1.44まで回復しましたが、前年より0.01ポイント下回っています。その後、年間推計ですが2018年の出生数は約92万1千人とさらに減りました。人口も2010年をピークに減少し続けています。少子化が進む要因は3つあります。未婚化、晩婚化、夫婦の出生力の低下です。夫婦の間に産まれる子どもの数(合計特殊出生率)は減っています。これは晩婚化の影響もありますが、子育て世代の所得が減っていることも大きな要因と考えられます。
仕事と子育て両立支援策の変遷
女性が働くことを前提に育児休業制度や保育園の整備、職場の改革などの政策努力や対応が行われている国では出生率の上昇が見られています。仕事と家庭の両立が容易であれば結婚や出産のタイミングに悩まなくてすみます。夫婦共働きで安定した収入があってこそ子どもを産み育てることができるというわけです。
では、日本の子育て支援策はどのように変遷してきたのでしょう。政策の焦点の変遷を見ると、①保育所などの待機児童対策中心の時代から、②専業主婦の子育て支援も含めた全ての親子への支援となり、③男女を含めた働き方改革から、④若者への自立支援へと幅広く支援策が検討される段階まできています。
財源から見ると、①特別な予算がなく、既存の予算から寄せ集めで子育て施策として打ち出していた時代から、②子育て支援策に特別な予算が振り向けられるようになった時期を経て、③子育て支援策に投下できる恒常的な財源を確保できるようになりました。
これまでの政策の大まかな流れを表にまとめました。
1990年 | 〈1.57ショック〉 |
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1991年 | 育児休業法成立。(施行は1992年) |
1994年 | エンゼルプラン策定。緊急保育対策等5か年事業策定(1995年度〜1999年度) |
1995年 | 育児休業法が小規模事業所にも適用される。 |
1998年 | 厚生白書『少子社会を考える―子どもを産み育てることに「夢」を持てる社会を』刊行。 児童福祉法改正(学童保育が「放課後児童健全育成事業」として法制化) |
1999年 | 育児・介護休業法成立、労働基準法・男女雇用機会均等法改正。 |
2000年 | 新エンゼルプランがスタート。 |
2003年 | 次世代育成支援対策推進法成立施行。少子化社会対策基本法成立施行。 |
2004年 | 子ども・子育て応援プラン決定。 |
2006年 | 「新しい少子化対策について」決定。 |
2007年 | 「子どもと家族を応援する日本」重点戦略でワーク・ライフ・バランスの実現等を決定。 |
2010年 | 少子化社会対策大綱(子ども・子育てビジョン)の策定。 |
2013年 | 待機児童解消に向けた取組。少子化危機突破のための緊急対策。 |
2014年 | 「選択する未来」委員会の設置。放課後子ども総合プランの策定。 |
2015年 | 子ども・子育て支援新制度の施行。子ども・子育て本部の設置。 |
2016年 | 子ども・子育て支援法の改正。 |
2017年 | 「働き方改革実行計画」の策定。「子育て安心プラン」の公表。 |
両立支援制度の概要
2017年に改正された育児・介護休業法では育児と仕事の両立支援制度は次のような内容になっています。
育児休業は、原則として子が1歳に達するまでの連続した期間ですが、最長2歳になるまで取得可能になりました。育児休業給付金の給付期間も2歳までです。また、事業主の育児休業等の個別周知の努力義務を創設しました。育児目的休暇制度(配偶者出産休暇、入園式、卒園式などの子の行事参加のための休暇など)の努力義務も創設しました。
子の看護休暇は1日単位での取得を半日単位で取得できるようになりました。小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者は年に5日(子が2人以上なら10日)まで取得可能です。
3歳未満の子を養育するため所定労働時間を超えてはならないという所定外労働を制限する制度、小学校就学の始期に達するまでの子を養育するため、制限時間(1月24時間、1年150時間)を超えて労働時間を超えてはならないという時間外労働を制限する制度、午後10時から午前5時に労働させてはならないという深夜業を制限する制度もあります。
このような内容に則って企業が取組を進めなければなりません。
出生率が高い諸外国に比べて、日本の子育て支援は質も量も不足しています。育児期にある女性の労働力率が低下するM字カーブは、完全には解消されておらず、一方で保育所の待機児童問題はなくならないのが現実です。子育て支援の制度が財源も含めて縦割りであるため全国一律で、地域の実情に即した子育て支援は行われづらい状況でした。この課題を克服し、保育の量的な拡大だけでなく、教育・保育の質の向上や地域の子育て支援を充実させることが重要です。
地域子ども・子育て支援事業
幼児期の学校教育や保育、地域の子育て支援の量の拡充や質の向上を進める「子ども・子育て支援新制度」が、平成27年4月にスタートしました。具体的には以下の13事業です。費用負担は国・都道府県・市町村がそれぞれ3分の1ずつです。(妊婦検診については交付税措置)
(1) 利用者支援事業
・認定こども園・保育所・幼稚園などの中から適切なものを選んで利用できるよう相談に応じ、必要な助言、関係機関等の連絡調整等を実施する。
(2) 地域子育て支援拠点事業
・家庭や地域の子育て機能の低下や、子育て中の親の孤独や負担感の増大等に対応するため、地域の子育て中の親子の交流促進や育児相談等を行う事業。
(3) 妊婦健康診査
・妊婦健診は出産までに14回。全ての地域で公費助成を実施。
(4) 乳児家庭全戸訪問事業
・生後4カ月の乳児のいる全ての家庭を訪問し、子育てに関する情報提供や養育環境等の把握を行う事業。相談助言も行い虐待予防の効果もある。
(5) 養育支援訪問事業・要保護児童等に対する支援に資する事業
・保護者の養育支援が特に必要と判断される家庭に対して、保健師・助産師・保育士等が居宅を訪問し、養育に関する相談支援や育児・家事援助などを行う。
(6) 子育て短期支援事業
・母子家庭や保護者の病気等で子の養育が困難な時、養育保護を行う。ショートステイ(原則として7日以内)とトワイライトステイ(夜間養護)がある。
(7) ファミリー・サポート・センター事業
・子どもを預かってほしい依頼会員と子どもを預かる提供会員の相互援助活動に関する連絡・調整を行う。
(8) 一時預かり事業
・緊急・一時的に保育できない乳幼児を保育所、幼稚園その他で一時的に預かる。当初は仕事や通院など理由が求められたが、最近では保護者のリフレッシュでも利用可。
(9) 延長保育事業
・11時間の開所時間を超えて行う保育。
(10) 病児・病後児保育事業
・子どもが発熱など急な病気になった場合、病院、保育所などの付設された専用スペースで看護師などが保育する事業。対象児童は10歳未満。
(11) 放課後児童クラブ
・保護者が仕事等で昼間家庭にいない小学校就学の児童に対して、放課後小学校の余裕教室や児童館等で遊びや生活の場を与えてその健全な育成を図る。
(12) 実費徴収に係る補足給付を行う事業
・特別な教材費や制服代など、学校教育・保育活動の一環として行われる活動に必要な費用で、給付対象に含まれないものは、各施設の実費聴衆が認められている。それらの負担が困難な世帯には市町村が支援する。
(13) 多様な主体の参入促進事業
・「待機児童解消加速化プラン」に基づく保育の受け皿の確保や新制度において住民ニーズに沿った多様な保育の提供を進める際に、多様な事業者の能力を活用するため新規参入事業者への支援を行い、地域ニーズに即した保育等の事業の拡大を図る。
育児と仕事の両立支援の方向性
子育てを巡る状況を改善していくには、労働者の働き方と子育てへの現金給付、現物給付の3つをうまく組み合わせていくことがポイントです。つまり、仕事と育児の両立を支える制度の充実とともに働き方そのものを改革し、子育て世帯への経済的援助を見直し、保育を含めた子育て支援の現場の改革が必要です。仕事と育児の両立支援の充実は、待機児童を減らし、労働生産性を高め、出生率を高め、貧困の子どもを減らすことに繋がることでしょう。