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「若年性認知症」と仕事の両立と今後の社会の在り方

コラム

「若年性認知症」と仕事の両立と今後の社会の在り方

川内 潤(NPO法人となりのかいご 代表理事)

認知症は高齢者だけが発症するものではありません。65歳未満の人が発症する認知症を総称して「若年性認知症」と呼ばれています。医学的には高齢者の認知症と違いはありませんが、若年性認知症は、仕事・家事・子育て・親の介護が重なる働く世代が発症することもあり、当事者や支える家族にとって、生活に大きな影響を及ぼす可能性があります。認知症の発症により、収入が減り経済的にも苦しい状況になることもあります。親の病気が子どもに与える心理的影響は大きく、教育、就職、結婚など、親としての役割が必要とされる時期と重なるため家庭内にも様々な問題が生じます。また初期症状が認知症だけの特有なものではないため、本人も周りも異変に気づくことが難しく、受診が遅れてしまうケースが多いのも特徴の一つです。もちろん医療費の助成や障害年金などの制度を利用できるほか、認知症疾患医療センターなどの医療機関で診断や支援を受けることも可能です。

若年性認知症とは

改めて認知症とは、「正常に発達した知的機能が脳の神経細胞の障害により持続的に低下し、記憶障害などの認知機能障害により、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態」と定義されています。その中で若年性認知症とは「18歳以上〜65歳未満で発症する認知症」であり、病理学的には65歳以上に発症する認知症と違いはありません。若年性認知症の原因疾患として最も多いのは、アルツハイマー型認知症と言われており、おおむね半数を占めています。同じ若年性認知症であっても、原因疾患により症状が異なります。

グラフ1

※出典:日本医療研究開発機構認知症研究開発事業「若年性認知症の有病率・生活実態把握と多元的データ共有システム」(令和 2 年 3 月) より作成

グラフ2

※出典:独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所「わが国の若年性認知症の有病率と有病者数」(令和 2 年 7 月)より作成

グラフ3

若年性認知症の実態

令和2年の調査では、全国の若年性認知症の人数は35,700人、人口10万人当たり57.8人と推計されています。また女性が多い高齢者の認知症と違い、女性よりも男性に多い傾向があります。平成26年度に認知症介護研究・研修大府センター(愛知県)が全国15府県に行った若年性認知症生活実態調査でも年齢層は61〜65歳が最も多く、発症年齢は平均で54.4歳となっています。また発症後の就労継続者は5%で、発症後も部署を替えて仕事を続けている人や転職した人は3.2%に対して、74.7%の人が退職や解雇との結果でした。

グラフ4

若年性認知症と仕事の継続

若年性認知症と診断された方や、そのご家族が抱える悩みに多いのが「仕事の継続」です。65歳未満の働き盛りに発症するため、仕事を辞めると収入がなくなり家のローンや子どもの学費など、家計に大きなダメージをもたらします。実際、厚生労働省が2020年に発表した調査によると、若年性認知症の発症により、収入が減少した人は全体の6割を超え、4割は家計の苦しさを自覚しています。若年性認知症は、高齢で発症する認知症と同様に、物忘れなどの認知機能の低下や物事の手順がわからなくなる実行機能障害が見られます。そのため、新しい業務の内容を覚えたり、これまで何年も行ってきた業務であっても、手順が分からなくなり作業の効率が低下しやすくなります。

仕事のミスが目立つようになると、職場の上司や同僚から「どこまで仕事のフォローをすればいいのか」「本人のサポートに時間を取られ自分の業務に手が回らない」「仕事を任せられない」といった声が上がり、本人が仕事を続けたいと思っていても、職場に居場所がなくなり休職や退職に追い込まれるケースが少なくありません。前出の調査では若年性認知症の発症時に就労していた人のうち、約7割は診断後に退職していたと報告されています。発症したとしても、適切な仕事内容や環境があり、周囲の病気に対する理解があれば継続して働くことは可能です。会社の上司や同僚の理解と協力は必要不可欠なものです。正しい認知や制度そのものが追いついていないことも大きな課題となっています。

若年性認知症と診断された場合、まずは自分ができていることと、周囲のサポートが必要なことを自身で整理する必要があります。ただ、診断直後は本人だけでなく、家族も病気や将来に対する不安や焦りが強く、家族だけでは冷静な状況判断が難しいものです。若年性認知症に関する医療や福祉、就労などの悩みや困り事の相談に対して解決に向けた支援を行う「若年性認知症支援コーディネーター」に間に入ってもらい、病気の受け止めや、仕事を無理なく継続する方法の模索など、一緒に整理してもらいましょう。

さらに、障害のある人と企業の両者に対して、就労サポートを行う「ジョブコーチ(職場適応援助者)」支援を利用して、今の部署で働き続けられるのか、それとも部署転換して就労の継続ができるかどうか、相談することもお勧めです。以前、当法人で就労に関する相談を受けた方の中にも、若年性認知症支援コーディネーターやジョブコーチの支援を利用して、営業職から総務のサポートや、工場の製造ラインから事務職など部署転換によって仕事を継続されている方も少なくありません。どちらも相談は無料です。まずは近隣の認知症疾患医療センターで若年性認知症支援コーディネーターを紹介してもらうといいでしょう。

若年性認知症当事者が教えてくれること

2013年に若年性認知症の診断を受け、現在も企業で働きながら、当事者の支援や認知症の啓発活動を行っている丹野智文さん。発症した当時は39歳で、家庭では2人の娘を持つ父親でもありました。丹野さんは自動車販売のトップセールスマンとしてライバルと競い合い結果を出すために精力的に働いてきましたが、発症したことで以前のように働くことが出来なくなりました。診断直後は、ご自身も家族も戸惑い悩み、間違った情報から不安と恐怖で泣いてばかりいたといいます。でも自身の状況と向き合い、認知症であることを受け入れ認知症と共に生きていくと決めたそうです。

そんな丹野さんと対談をさせていただいたことがあります。大変失礼ながら対談の中で、「認知症になって良かったことはありますか?」という質問をした時、丹野さんは、少し考えた後で「自分の周りの人が優しくなった」とおっしゃっていました。丹野さんは道に迷った際、「私は、認知症です」という札を見せて尋ねるそうです。そうすると、丁寧に教えてくれたり、助けてくれるという体験をしたことで、人の優しさに触れる機会が増えたそうです。また丹野さんは「失敗することを許してほしい」ともおっしゃっていました。丹野さんのご家族も、認知症と診断された直後から、なんでも先回りをしてやってくれたそうです。周囲の人は危険を避けるために良かれと思って、手を貸したり助言をしてくれます。ただ、認知症の当事者は、先回りをされてしまうと、失敗をしたことはわかってもなぜ失敗したのかが分からないそうです。「迷惑をかけたくない」と感じているのに、失敗を許されないと、自分で何かを決断することができなくなり、本人の自立も妨げてしまいます。周囲の人は、認知症の人ができることを奪わず、時間がかかったとしても、信じて待ってもらいたい。そう願っているそうです。また、認知症の当事者だからこそ伝えられることがあるといいます。「認知症だから、なにも分からない」といった偏見を持たずに、認知症にならないと分からなかったこと、薬の副作用や生活の不便さ、社会の間違った認識など認知症の当事者の話に耳を傾けることで社会が変わり、それこそが誰でも暮らしやすい社会になっていくと考えているそうです。

支える家族の関わり方

家族が若年性認知症と診断された場合、家族構成により様々な状況が考えられます。同居をしている父親が発症し、介護をするために母親が仕事をやめてしまった場合、子どもがまだ社会人になりたてであったり、学生だった場合には、自分の両親をどう支えたらいいのかと戸惑い、時には会社や学校へ行けなくなることもあります。時に、ヤングケアラーを生む原因にもなるので注意が必要です。他にも、配偶者や自身の親の介護、障がいのある家族を抱えている場合には、複数の介護が同時並行することもあります。若年性認知症を発症したご家族から、当法人へご相談に来られる方のほとんどは、将来の経済的な不安も含め、「本人をどう支えれば良いのか分からない」といった悩みを抱えています。中には、配偶者を全力でサポートするために仕事を辞めて介護をする方もいらっしゃいますが、それはお勧めできません。家族の介護は、いつまで続くか分かりません。長期的に継続性をもって介護をするなら、家族だけでなんとかしようと思ったり、“できる限り支えなければ”と無理に頑張ることはやめましょう。家族で背負って完璧にサポートしようとすると、1番大切にしたい家族関係が崩れていったり、支える側も精神的にも肉体的にも追い込まれてしまうこともあります。どうしたら無理なくサポートができるのか、完璧を求めず、様々なサービスを利用しながら、「しょうがない」と肩の力を抜いて付き合っていくことをお勧めしています。家族の相談窓口として、若年性認知症コールセンターでは、若年性認知症専門の教育を受けた相談員に対応してもらえます。悩みを聞いてもらうことで、冷静になったり客観的な視点を持つこともできます。

また当事者の気持ちの理解も必要です。認知症専門のデイサービスへ通うとしても、同年代がいない交流の場では、簡単に加わることや楽しむことは難しいでしょう。そもそも若年性認知症を発症する世代は、まだ社会に関わりたいという想いがあります。本当は仕事を継続したかったとしても、それが叶わなかったことを理解することも大切です。当事者本人が、状況の変化を受け入れるまで時間がかかることもあります。若年性認知症の方が心地よい居場所を見つけることは難しいことであり、まだまだ大きな課題なのだと感じています。

認知症当事者が生きやすい社会となるためにできること

平成27年に厚生労働省が関係府省庁と共同して策定した「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」の基本的考え方として「認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域の良い環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指す。」とあります。多様な生き方が受け入れられ始めている昨今ですが、日本の社会には、まだまだ異質なものを弾いてしまったり受け入れない傾向があるように感じます。そのほとんどは、病気や障がいに対しての正しい理解や相手に対しての想像力を持つことで、私の日常と自然と調和していくものと考えています。私たちにとって、本当に豊かな社会とはどんなものなのでしょうか?経済的な発展が必ずしも幸せな社会をカタチ作るわけではないことを、日々起きる様々な出来事から認めざるを得ないでしょう。若年性認知症の方が生きやすい社会は、周囲の私たちにとっても生きやすい社会なのです。サポートを必要とする人たちが、私たちに警鐘を鳴らしてくれていると私は考えています。例え誰かをサポートしてあげたいと思っていても、「守ってあげる」「助けてあげる」と考えることはエゴなのかもしれません。本当に相手のためになるサポートには、上下や優劣はなく対等な関係を築くことが大前提です。どんな人でも、時には誰かの助けが必要になります。その意味で若年性認知性による社会の課題を他人事と捉えず、もし身近にサポートが必要な人がいて、接し方が分からなかったら、声をかけることから始めてみてください。話しを聞いたり、解決が難しいと感じたら地域の人や行政など様々な人に相談しながら、考え続けるチカラが必要不可欠です。衝突があったり、理解できないこともあるかもしれません。それでも、どうしたらいい取り組みにつながるのか試行錯誤し、諦めずチャレンジしていくことが、自分も含めた誰もが生きやすい社会への大きな一歩だと思います。

引用・参考資料

1)認知症となった大切な人に家族ができること〜丹野智文氏・川内潤 対談イベント
https://youtu.be/kJrY3Wy4yfQ?si=gWMvL0uh00hzVNJ6
2)令和3年度 厚生労働省 老人保健健康増進等事業 若年性認知症における治療と仕事の両立に関する手引き就労支援のための調査研究
https://www.mizuho-rt.co.jp/case/research/pdf/r03mhlw_kaigo2021_01.pdf
3)若年性認知症支援コーディネーターのための手引書
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/tebiki1.pdf
4)若年性認知症支援ガイドブック
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/guidebook_1.pdf

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