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事例10:一般社団法人ピーペック
設立理念が導いた、難病を抱える人も働ける環境づくり
一般社団法人ピーペック
1.企業概要
設立年 :2019年
所在地 :〒157-0062 東京都世田谷区南烏山6-33-1 サンライズプラザ501
従業員数 :理事3名、従業員8名、業務委託3名
事業内容 :病気をもつ人のこえを社会に届ける事業(ライフサイエンス企業従業員向け研修・講演、商品や資材のアドバイザリー、多様なステークホルダーのハブとなってイベント企画・運営、調査研究、政策提言等)、仕事と治療の両立支援事業(イベント企画・運営、支援プログラムの実施)
2.取組の背景
「病気があっても、大丈夫」。そう言える社会にすることを目指し、私たち一般社団法人ピーペックは2019年に設立されました。当法人は、難病をもつ人やその家族らの当事者、障害者、そしてその志に共感した研究者や弁護士といった多様な専門家が集まって誕生した団体です。私たちにとって「難病があっても、その人らしく働ける環境」を整備することは、後から追加した福利厚生のようなものではなく、法人の成り立ちからも、その理念を体現するためにも必要なことでした。
そのために、設立当初から導入したのが「フルフレックスタイム制度」と「フルリモートワーク制度」です。難病や慢性疾患を抱える従業員が、日々の体調の波や、定期的な通院といった個々の事情に柔軟に対応し、無理なく「自分のテンポ」で働くことができるようにするための、必然的な選択でした。
設立から数年を経た現在、全従業員14名のうち、難病や障害をもつ従業員が43%(6名)、そして子育て中の従業員が同じく43%(6名)という、極めて多様性に富んだ組織構成が実現しています。「病気」も「育児」も、キャリアを諦める理由にはならない。その当たり前を、私たちは日々の組織運営の中で体現しています。
3.取組内容
私たちの働き方の根幹を成しているのは、先述の設立当初から導入している「フルリモートワーク」と「フルフレックスタイム」です。しかし、単に場所と時間の自由を与えるだけでは、真の意味での両立支援にはならないと考えています。私たちは、難病をもつ従業員、子育て中の従業員、そして介護やその他の事情をもつすべてのメンバーが、互いに気兼ねなく、そして長く働き続けられるよう、制度の「適用範囲」と「運用」に独自の考え方を持っています。
まず、最も大切にしている方針は、ほとんどの制度を「全従業員対象」としている点です。当初は難病をもつ人のための配慮としてスタートした制度であっても、特定の属性の人だけが使える仕組みにしてしまうと、利用者が周囲に遠慮してしまったり、対象外の人から見て「あの人たちだけ優遇されている」という不公平感が生まれたりする懸念があります。そのため、リモートワークやフレックスタイム制度は、病気の有無に関わらず全員が等しく利用できるようにしました。例えば、難病をもつ従業員が体調の波に合わせて始業時間を遅らせるのと同様に、子育て中の従業員が子どもの学校行事で中抜けすることや、ペットを動物病院へ連れて行くために時間を調整すること、あるいは地域の町内会活動に参加するために早退することも、すべて等しく「個人の生活と仕事の両立」として尊重されます。これらはすべて、従業員一人ひとりが大切にしたい生活の一部であり、そこに優劣はないという考えに基づいています。
雇用形態についても柔軟性を持たせています。フルタイムでの勤務が難しい場合には「短時間正職員」という選択肢を用意し、さらに体調等に合わせてより自由に働きたいと望む方には「業務委託」という形で参画してもらうなど、個々の事情に合わせた多様な契約形態を用意しています。
勤務場所は原則として自宅ですが、決して「出社禁止」ではありません。対面での仕事が必要な場合など、本人が希望すれば事前に連絡の上、事務所で勤務することも可能です。日々の運用においては、コミュニケーションツールを活用し、情報の透明性を確保しています。基本的には「毎日〇時~〇時くらいまで働きます」という希望を共有した上で、その時間内に急な体調不良や私用で調整が必要になった場合は、ツール上で全員にアナウンスします。ここでは「なぜ休むのか」という詳細な理由よりも、「今、不在である」という事実を共有し合うことを重視しており、誰もが罪悪感を持つことなく休みを取れる風土が定着しています。
難病と一口に言っても、その症状は千差万別です。多くの身体障害のように状態が固定しているものとは異なり、難病の多くは、状況の変化や服薬の副作用などによって、昨日まで元気だった人が翌日には起き上がれないほどの不調に見舞われるといった「体調の波」が存在します。こうした予測困難なリスクに対応するため、私たちは日頃から「余白のある人員体制」を意識しています。誰か一人がダウンしても業務が滞らないよう、個人の能力に依存しすぎないタスク管理を行い、チーム全体でカバーし合えるゆとりを持たせています。この「支え合い」の精神とバックアップ体制こそが、安心して働き続けるためのセーフティネットとなっています。
4.これまでの効果と、今後の課題
設立から数年が経ち、制度の見直しも行いました。設立当初は「難病の人が働きやすい環境」を目指し、特に難病特有の状況に配慮した休憩制度や手厚い通院休暇を設けていました。しかし、実際に運用してみると、フレックス制度があれば通院時間の確保は十分可能であり、また在宅勤務であれば独自の休憩制度を使わずとも自律的に休息が取れるため、これら「難病専用」の制度は想定よりも利用されませんでした。加えて、子育て中の従業員など難病をもたないメンバーが増えたこともあり、制度全体のバランスを再調整しました。その結果、特定の病気をもつ人向けの休憩制度は廃止し、通院休暇の日数も適正化しました。その代わりとして新設したのが、全従業員が利用できる「テンポ休暇」です。これは有給休暇とは別に、自身の心身のコンディション(テンポ)を整えることを目的とした独自の休暇制度です。病気療養だけでなく、リフレッシュや自己研鑽など、文字通り「自分のテンポを整える」ために誰もが使える制度へと昇華させました。これにより、難病をもつ従業員だけでなく、組織全体のウェルビーイング向上につながっています。
私たちの取り組みにおける最大の効果は、既存の組織を「改善」した結果にあるのではなく、最初から「あるべき姿」として設計した組織が、実際に機能し、成果を上げているという「事実」そのものにあります。設立当初から、自分たち自身が働き続けるために必要な制度をゼロベースで構築してきました。そのため、制度導入前後での比較はできませんが、外部の方々に「全従業員の43%が難病当事者である」という事実をお伝えすると、一様に驚きの声を上げられます。「一体どうやって経営が成り立っているのか」と問われることも少なくありません。
特に運用面で効果を感じているのは、組織全体の「対応力」と「結束力」の強さです。一般的に障害者雇用においては、症状が比較的固定しているケースも多く、特定の業務や部署に配置することで就労が可能になる場合があります。一方、難病の多くは、日によって、あるいは時間帯によって症状が変化するという「ゆらぎ」が特徴です。昨日は元気でも、今日は動けないということが起こり得ます。当法人では、この予測できない変化を前提とした自然な調整が浸透しています。日々のチャットでのコミュニケーションを通じて、互いのコンディションを細やかに観察・共有し、「今日○○さんは体調がすぐれないので、このタスクは私が引き取ります」といった代替対応が、指示されるまでもなくスムーズに行われています。 この柔軟なバックアップ体制は、単に業務を回すための仕組みを超え、組織文化として深く根付いています。体調不良に限らず、育児や介護、個人的な悩みなど、どのような事情であってもオープンに話し合える「心理的安全性」の土台が醸成されており、従業員同士が自然に手を差し伸べ合う、極めて強固な信頼関係が築かれています。
もう一つ、経営視点で特筆すべき効果として、圧倒的な「採用力」が挙げられます。 世間的には決して知名度が高いとは言えない当法人ですが、これまで人材確保に苦労したことは一度もありません。多くの企業が人手不足や採用難に頭を抱える中、当法人の求人には、常に定員を大きく上回る数の応募があり、選考に嬉しい悲鳴を上げるほど、能力の高い優秀な人材が集まってきてくれます。これは、応募者の皆様が「難病という大きなハンディキャップをもつ人が生き生きと働ける職場なら、自分にとっても働きやすいに違いない」という期待と信頼を寄せてくださっている証だと考えています。「誰にとっても働きやすい環境」を徹底して整備することは、結果として、優秀な人材から「選ばれる理由」になります。多くの人の働きやすさを担保することが、企業の存続と持続的な競争力を支える最大の武器になることを、私たちの事例は示しています。
今後の課題であり、私たちが常に意識し続けていることは、「制度を作って終わり」にしないということです。どれほど立派な制度があっても、それを使うことに罪悪感があったり、サポートする側に不満が溜まったりしては意味がありません。特に懸念されるのは、組織内で「負担をかける人(休む人)」と「負担を被る人(カバーする人)」という対立構造が生まれてしまうことです。この構造が固定化されると、休む側は「申し訳ない」という遠慮で萎縮し、サポートする側は「なぜ自分ばかり」という疲弊感を抱くようになり、組織は機能不全に陥ります。
この課題に対する私たちの答えは、「多様なテンポの個人が共存する環境」であることを前提とした「個人のテンポの尊重」です。私たちは、それぞれに役割を押しつけるのではなく、それぞれのテンポが生きる中で互いに影響し合い、結果として助け合う文化を醸成することで、特定の誰かに負担が偏ることを防いでいます。「迷惑をかける」のではなく、「チームで成果を出すために、今は自分のテンポを整える時」という共通認識を持つこと。このマインドセットの浸透こそが、制度を血の通ったものにする鍵だと考えています。
「病気があるから働けない」のではなく、「環境さえ整えば、十分に働くことができる」。これからも私たちは、難病をもつ人々の可能性を信じ、その力を活かす取り組みを続けることで、誰もが自分らしく生きていける社会の実現に向けて挑戦を続けてまいります。難病と一口に言ってもその症状は多様ですが、個人の能力が低いわけでは決してありません。その人の刻々と変わる「テンポ」を活かせる柔軟な制度と環境さえ整えれば、難病を抱えていても第一線で活躍できる人は世の中に数多く存在します。私たちは、自分たちの組織運営そのものを通じて、その可能性を実証してきたと自負しています。







